佐賀龍彦の現在は?脳梗塞の病気と実家・両親を含む家族構成

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佐賀龍彦現在 アーティスト
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男性4人組ボーカルグループ「LE VELVETS」でテノールを担当していた佐賀龍彦さん

40歳で発症した脳梗塞を乗り越えてステージに戻った歌手として、その後の姿が気になる人も増えていますよね。

今回は、佐賀龍彦さんの現在の活動と、病気の経緯や両親・弟との家族エピソード、京都の実家まで調査しました。

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佐賀龍彦のwikiプロフィールと経歴

佐賀龍彦さんは1981年1月14日生まれ、京都市出身のテノール歌手で、俳優としても活動しています。

身長は180センチで、グループ在籍時代は「身長180センチ以上・音楽大学卒」というオーディション条件を満たしたメンバーの一人でした。

項目内容
名前佐賀 龍彦(さが たつひこ)
生年月日1981年1月14日
年齢45歳
出身地京都市
身長180センチ
血液型O型
職業歌手、俳優、ナレーター
学歴近江兄弟社高等学校→京都市立芸術大学声楽科
所属フリー(京都府文化観光大使)

高校2年で観たミュージカルに衝撃を受けたことが、音楽の道に進む出発点でした。

声楽とバレエを一から習い、京都市立芸術大学の声楽科へ進学しています。

卒業後は仲代達矢さんが主宰する俳優養成所「無名塾」に26期生として入塾し、舞台俳優としてキャリアを積みました。

主な出来事
2003年無名塾を経て舞台俳優として活動開始
2008年LE VELVETSのメンバーとしてデビュー
2017年京都府文化観光大使に就任
2021年9月脳梗塞を発症し活動休止
2022年7月美術番組のナレーションで活動再開
2022年9月『徹子の部屋』に出演し歌唱で復帰
2024年9月LE VELVETSを脱退し事務所を退所

ミュージカル『美女と野獣』やオペラ『森は生きている』、地球ゴージャス製作の『The PROM』など、出演作は舞台を中心に幅広く並びます。

BSフジ『アートな夜!』をはじめ、美術番組や展覧会の音声ガイドでも声を聞く機会が多い人ですね。

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佐賀龍彦の現在はフリーで活動中

佐賀龍彦さんの現在は、事務所に所属しないフリーの歌手・俳優として活動しています。

2024年9月30日をもってLE VELVETSを脱退し、同時に所属していた株式会社SL-Companyも退所しました。

脳梗塞の完治を目指したリハビリに専念するという本人の意思を尊重し、佐賀龍彦は、2024年9月30日をもって所属事務所である株式会社SL-Companyを退所いたしました。

引用元: LE VELVETS公式サイト

脱退後もリハビリを続けながら、少しずつ人前に立つ機会を増やしてきました。

2025年12月にはリハビリホームでボランティアとして歌を披露し、約1年ぶりに人前で歌ったことを自身のXで報告しています。

活動の柱になっているのは、ソロコンサート「龍劇(RYUGEKI)」です。

2026年7月に京都・青山音楽記念館バロックザールで開いた公演はピアニストの阿部篤志さんとの2人編成で、チケットは完売しました。

好評を受けて2026年内にさらに2公演を開催する予定も明らかにしています。

観客からお題をもらって即興で作詞作曲を披露するなど、歌だけにとどまらない構成になっているようです。

京都府文化観光大使としての肩書きも継続中で、2026年から改めて3年間の委嘱状を受けました。

委嘱を報告したXでは「だんだん回復して、頭もちょっと賢くなってきた!?」とユーモアを交えて近況を伝えています。

ランニングや長距離の自転車走行にも取り組み、1.5キロのタイムを毎年更新するなど体力面の回復も進んでいるようですね。

同じくLE VELVETSを脱退した黒川拓哉さんの現在の活動も気になるところですね。

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佐賀龍彦の病気は?脳梗塞の経緯

佐賀龍彦さんの病気は脳梗塞で、2021年9月に脳動脈瘤の手術を受けた際の合併症として発症しました。

数年前から月に2〜3回のひどい頭痛に悩まされ、2019年の受診で片頭痛と診断されたほか、未破裂脳動脈瘤が見つかったことが発端です。

開頭手術には抵抗があったため、頭に傷が残らないカテーテルによる脳血管内手術を選択しました。

ところが脳の血管が細かったことから術中に別の血管が傷つき、脳梗塞を起こしてしまいます。

全身麻酔から目覚めたときには、右半身がまったく動かない状態でした。

右利きのため食事も文字を書くこともできず、歩くこともできない寝たきりの生活が続いたそうです。

コロナ禍で面会が禁止されていたこともあり、当初20日ほどは事態を理解できずぼんやりしていたと振り返っています。

3週間ほど経って現実を受け止め、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士によるリハビリに本格的に取り組み始めました。

支えになったのは、事務所に届いたファンからの手紙やメッセージでした。

「このリハビリは自分だけのためじゃない」と気づいたことが、痛みを伴う訓練を続ける力になったと語っています。

退院できたのは発症から3か月後の2021年末で、仕事に復帰するまでにはさらに9か月を要しました。

2022年7月に美術番組のナレーションで活動を再開し、同年9月には『徹子の部屋』で復帰後初の歌唱を披露しています。

全身の回復度は80%ぐらい。日常生活が困るレベルからは脱しました。

引用元: 日刊ゲンダイ

後遺症として足の震えや歌詞を忘れてしまうことがあり、舞台上でセリフが記憶できないと感じたことから言語聴覚のリハビリも再開しました。

一方で発声の仕方が変わり、以前より高音がまろやかに出せるようになったという嬉しい変化もあったそうです。

病気を振り返って「今まであまり気にかけなかった人の痛みを知ることができた」と話しており、同じ病気でリハビリ中の人へ希望を届けたいという思いも語っていますね。

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佐賀龍彦の家族構成は両親と弟

佐賀龍彦さんの家族構成は、両親と弟を含む4人家族です。

インタビューで名前や職業が明かされているのは母と弟についての話が中心で、それぞれの情報は公表されていません。

家族語られている内容
職業などは公表されていません
ミュージカル好き。入院時も本人を支えた
母とともに劇団四季の観劇に同行

母親については、佐賀龍彦さんが音楽の道に進むきっかけをつくった人として語られています。

高校2年のとき、母が劇団四季の『オペラ座の怪人』へ佐賀さんと弟を連れて行き、その帰り道に「僕はミュージカル俳優になる」と宣言したそうです。

中学時代に校則へ反発して学校を休んだときも、母は「学校へ行け」と言わずに見守っていたといいます。

佐賀さんも「今にして思えば大物なのかもしれません」と振り返っていました。

脳梗塞で入院していた期間は、事務所と連絡が取れない状況の中で母がやりとりの窓口になっていたことも明かされています。

退院時には一人暮らしの息子に付き添おうと申し出ていたものの、本人はリハビリのために一人で新幹線に乗って東京へ戻りました。

弟については、母と同じくミュージカルが好きだったことや、幼い頃に祖母の家の前で一緒に遊んだ写真が公開されている程度です。

一般の方のため、年齢や職業といった情報は明らかになっていません。

家族の存在が回復を支えた大きな要素だったことは、本人の言葉からも伝わってきますね。

LE VELVETSの現メンバー・佐藤隆紀さんの実家のさくら亭や家族についてはこちらの記事でまとめています。

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佐賀龍彦の結婚は非公表

佐賀龍彦さんの結婚や交際については、本人や事務所から公式な発表はありません。

インタビューでは脳梗塞からの回復やリハビリ、京都府文化観光大使としての活動が中心で、プライベートな交際関係に触れられることはほとんどないようです。

結婚しているかどうかも含めて非公表のため、続報があれば追記していきます。

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佐賀龍彦の実家は京都市

佐賀龍彦さんの実家は京都市で、2歳の頃から高校卒業まで関西で育ちました。

生まれてすぐ1歳のときに奈良へ移り、その後京都市に移り住んだという経緯も伝えられています。

実家の詳しい所在地や、両親が営む家業の有無などは公表されていません。

家系については近江屋の流れをくむ家柄で、法曹関係者を多く輩出した一族と言われています。

子ども時代は体を動かすことが大好きで、水泳大会では京都市で2位、作文では最優秀賞を取るなど多方面で結果を出していたそうです。

小学4年で児童会長、中学では生徒会長を務めるなど、リーダー役を任されることも多かったといいます。

高校は滋賀県の近江兄弟社高等学校に進学し、京都市立芸術大学の声楽科へ。

地元に根ざした歩みが、のちに京都府文化観光大使を務める土台にもなっています。

大使としては宇治市や和束町、笠置町、南山城村といった「お茶の京都」エリアを訪ね、地域の魅力を発信してきました。

母校がある滋賀県でもチャリティコンサートに出演しており、関西との縁は今も続いているようです。

現在の生活の拠点は東京ですが、ソロコンサートの会場に京都を選んでいるあたりに地元への思いが感じられますね。

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まとめ

今回は、佐賀龍彦さんの現在の活動と、脳梗塞という病気の経緯、両親や弟との家族構成、京都の実家まで調査しました。

  • 佐賀龍彦さんは1981年1月14日生まれ、京都市出身の45歳。身長180センチのテノール歌手で、俳優やナレーターとしても活動しています。
  • 現在はフリーで活動し、京都府文化観光大使を2026年から3年間務めています。ソロコンサート「龍劇(RYUGEKI)」も再開しました。
  • 病気は2021年9月の脳動脈瘤手術の合併症で起きた脳梗塞で、目覚めたときには右半身が動かない状態でした。
  • 3か月の入院と10か月のリハビリを経て2022年に活動を再開し、後遺症を抱えながら今もリハビリを続けています。
  • 家族構成は両親と弟の4人で、母がミュージカル観劇に連れて行ったことが歌の道に進むきっかけになりました。父や弟の詳しい情報は公表されていません。
  • 実家は京都市で、近江兄弟社高等学校から京都市立芸術大学声楽科へ進み、地元・京都との縁を今も大切にしています。

回復の歩みを重ねながらステージに立ち続ける姿に、これからも励まされる人が多そうです。

次の「龍劇」でどんな歌声を聞かせてくれるのか楽しみですね。

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