「う、ふ、ふ、ふ、」「DOWN TOWN」など、時代を越えて聴かれ続ける名曲を送り出してきたシンガーソングライターのEPO(エポ)さん。
デビュー45周年を越えた現在も活動の幅を広げており、その暮らしぶりや家族のことが気になる人も増えていますよね。
今回は、EPO(エポ)さんの現在の仕事や活動、夫や子供のこと、年齢や若い頃の経歴まで調査しました。
EPO(エポ)の現在は沖縄暮らし
EPO(エポ)さんの現在の生活拠点は沖縄本島です。
東日本大震災の直後、千葉に住んでいた夫の両親を心配し、3人で那覇のアパートに移ったことがきっかけでした。
その1年後、広い畑のある家へ引っ越しています。
畑ではキャベツやダイコン、トマト、ゴーヤーなどの野菜に加え、マンゴーやバナナ、パッションフルーツといった果物を育てています。
バナナの木は20本ほどあり、食べきれない分は袋に入れてつぶし、板状にして冷凍保存しているとのことです。
ヨーグルトやサラダに添えたり、飲み物にしたりして楽しんでいるそうです。
海で泳げる5月から11月は、夕方5時に仕事を切り上げて毎日のように泳ぎ、温泉施設で塩を落として帰るという生活をされています。
仕事では月1、2回ほど東京へ足を運びますが、自然豊かな沖縄に戻るとほっとすると語っています。
葉山町の家は残したままで、沖縄での生活は15年前後になるようです。
EPO(エポ)の夫と子供はいる?
EPO(エポ)さんの夫は同い年の俳優・宮川雅彦さんです。
2003年に上演された宮崎あおい主演のミュージカル『星の王子さま』で共演したことが出会いでした。
| 項目 | 内容 |
| 夫 | 宮川雅彦さん(俳優) |
| 年齢差 | 同い年 |
| 出会い | 2003年のミュージカル『星の王子さま』での共演 |
| 現在の関係 | マネージャーを兼任 |
| 子供 | 未確認 |
現在はEPO(エポ)さんのマネージャーも務めています。
EPO(エポ)さんは「ずっと結婚はしないと思っていた」と振り返り、夫については周りに流されないまっすぐで優しい人、話をよく聞いて応援してくれる人と話しています。
2006年からは4年間、夫とともに米フロリダ州マイアミの「バーバラ・ブレナン・スクール・オブ・ヒーリング」へ留学しました。
2人で全米催眠療法協会認定催眠療法士や全米NLP協会認定NLPマスター・プラクティショナーなどの資格を取得しています。
46歳での留学について、本人は勇気があったと笑って話しました。
子供に関する公表情報は見当たらず、現時点では確認できませんでした。
40代半ばで心理療法を学び直した背景には、EPO(エポ)さんの生い立ちと毒親に関係がありました。
EPO(エポ)の年齢と経歴
EPO(エポ)さんは1960年5月12日生まれで、2026年8月時点の年齢は66歳です。
本名は宮川榮子(みやがわ えいこ)、出生名は佐藤栄子(さとう えいこ)で、東京都世田谷区の出身です。
芸名は子供時代のあだ名に由来し、周囲が「えーこちゃん」と呼ぼうとして「えーぽちゃん」と言い間違えたことが始まりでした。
| 項目 | 内容 |
| 生年月日 | 1960年5月12日 |
| 年齢 | 66歳(2026年8月時点) |
| 出身地 | 東京都世田谷区 |
| 身長 | 168cm |
| 血液型 | O型 |
| 本名 | 宮川榮子 |
| 職業 | 歌手、シンガーソングライター、セラピスト |
1980年代のJ-POP黎明期を代表するアーティストの一人とされ、1980年代半ばには「RCA三人娘」として大貫妙子、竹内まりやと並び称されました。
代表曲は「う、ふ、ふ、ふ、」「音楽のような風」「12月のエイプリル・フール」で、提供曲では高見知佳「くちびるヌード」、香坂みゆき「ニュアンスしましょ」が知られています。
2000年代以降は土岐麻子「Gift 〜あなたはマドンナ〜」も手掛けました。
| 年 | 出来事 |
| 1979年 | 東京都立松原高等学校を卒業、東京女子体育大学へ入学 |
| 1980年 | シングル・アルバム『DOWN TOWN』でメジャーデビュー |
| 1983年 | 「う、ふ、ふ、ふ、」「土曜の夜はパラダイス」を収録した『VITAMIN E・P・O』を発表 |
| 1980年代後半 | イギリスへ移住し海外での活動を経験 |
| 2006年 | 夫とともに米国へ留学し療法の資格を取得 |
| 2011年 | 東日本大震災後に沖縄での生活を開始 |
| 2025年 | デビュー45周年、アルバム『EPOFUL』を発表 |
帰国後の1990年代以降は音楽業界から距離を置き、精神世界やヒーリングへ関心を広げていきました。
EPO(エポ)の若い頃から現在まで
EPO(エポ)さんは3歳でピアノを習い始め、クラシックやCMソングなどテレビから流れる音楽を聴いて育ちました。
洋楽ではカーペンターズやザ・ビーチ・ボーイズに傾倒し、シンガーソングライターに憧れるきっかけとして小坂明子ややまがたすみこの名を挙げています。
都立松原高等学校ではバンド「Laugh」を組み、ピアノとコーラスを担当しました。
ニッポン放送のコンテスト番組『ライオン・フォーク・ビレッジ』で優勝し、音楽業界の関係者と多く出会ったことで、自身も音楽の仕事をしたいと考えるようになります。
高校の先輩に清水信之、後輩に佐橋佳幸がいる環境でした。
高校卒業時には東京女子体育大学への推薦入学が決まっており、順当に進めば体育教師になっていたはずだったと語っています。
大学時代は昼に大学、夜はスタジオでアルバイトという生活を3年ほど続け、セッションボーカルとしても活動しました。
竹内まりやのシングル『SEPTEMBER』ではコーラスを担当しています。
デビューのきっかけは、1978年の冬にプロデューサーの宮田茂樹さんと世田谷区三宿の喫茶店で会ったことでした。
「こんにちは、エポって呼んでください」と挨拶し、シュガー・ベイブが大好きだと2時間話し込んだといいます。
その後デモテープを聴いた宮田さんの発案で、デビュー・アルバムはシュガー・ベイブの「DOWN TOWN」を軸に構成されました。
デビュー後は「オレたちひょうきん族」のエンディング曲や化粧品CMへの起用でヒットを重ねますが、当時は休みもなく働いて月給8万円だったと明かしています。
やりたい音楽が自由にできず身も心も疲れ切ったと振り返る一方、20代後半の渡英と40代の留学を経て、自分の人生を自分で選ぶことへの恐れがなくなったと語りました。
EPO(エポ)の現在の仕事と活動
EPO(エポ)さんは1980年3月21日のデビューから数えて、2025年にデビュー45周年を迎えました。
同年10月1日には10年ぶりのポップス・アルバム『EPOFUL』を発表し、9月には東京と大阪で「EPO ベスト・ヒット・ライヴ 45th Anniversary PARTY!!」を開催しています。
2026年9月23日には、1980年代のRCA期とMIDI期の音源を全75曲・5時間超で収録した4枚組『THE RCA & MIDI YEARS (1980-1990) #CityPopEssentials』と、2枚組『THE RCA YEARS (1980-1984) #CityPopEssentials』の2形態が発売されます。
いずれも最新リマスタリングが施され、EPO(エポ)さん本人と清水信之、佐橋佳幸、細井豊によるコメントが添えられました。
同時期には「EPOコンサートツアー2026 ~ALL EPO SONGS リクエスト・ライヴ~」が組まれ、清水信之、佐橋佳幸、細井豊、野口明彦、瀬川信二、佐藤正治がバンドメンバーとして名を連ねています。
| 公演日 | 会場 | 開演 |
| 2026年9月23日 | NHK大阪ホール(大阪) | 17時30分 |
| 2026年9月26日 | COMTEC PORTBASE(名古屋) | 17時30分 |
| 2026年9月29日 | LINE CUBE SHIBUYA(東京) | 18時30分 |
音楽以外では、全米催眠療法協会認定催眠療法士などの資格を生かしたカウンセリングも続けています。
神奈川県葉山町では夫とともにカウンセリングスタジオ「MUSIC&DRAMA」を立ち上げました。
公式サイトでは、来るデビュー50周年に向けてライヴを中心とした活動を継続する姿勢が示されています。
まとめ
- EPO(エポ)さんの現在は沖縄本島を拠点に、歌手としての仕事とセラピストとしての活動を続けています
- 2025年にデビュー45周年を迎え、アルバム『EPOFUL』を発表しました
- 2026年9月にはベスト盤2形態の発売と大阪・名古屋・東京でのコンサートツアーが予定されています
- 夫は同い年の俳優・宮川雅彦さんで、現在はマネージャーも務めています
- 子供に関する公表情報はなく未確認です
- 1960年5月12日生まれで2026年8月時点の年齢は66歳、東京都世田谷区の出身です

