ジュディ・オングの実家と家族構成|両親・兄も調査

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ジュディ・オング実家 アーティスト
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ジュディ・オングさんは、台湾出身の歌手・女優・版画家で、3歳の時に来日し1972年に帰化しました。

1979年「エーゲ海のテーマ~魅せられて」が大ヒットし、高い歌唱力と異国風な衣装が話題となりました。

25歳の時に木版画に魅せられ、「神社仏閣・日本家屋・花」などをテーマに木版画家として活躍しています。

今回は、そんなジュディ・オングさんの実家と家族構成について調査しました。

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ジュディ・オングの実家はどこ?

ジュディ・オングさんの実家がある場所は、台湾の台北市です。

台北市は、台湾島の北部に位置する人口約264万人の都市で、台湾の三大都市(台北市、台中市、高雄市)の一つです。

台湾の一番の繁華街「西門町」は、台湾の渋谷といわれ、若者を中心に賑わっています。

家族構成は両親と兄の4人家族です。

ジュディオングさんは、生まれたのは台湾ですが、3歳から日本で生活しています。

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ジュディ・オングの実家はどんな家?

ジュディオングさんの台湾や日本の実家は公開されておらず、画像はありませんでした。

3歳の時に、母親と兄と共に来日しましたが、父親は1年前に来日していました。

ジュディオングさんは、幼少期にたくさんの習い事をしています。

美しい姿勢のためにバレエを習い、滑舌が良くなるようにと合唱団に入団。さらに父が母に一目惚れしたのはピアノが上手だったから、ということから、ピアノ教室に通う(笑)、そんな少女時代を過ごしました。

引用元:anan

もしかしたら、実家は裕福な家庭だったのかもしれませんね。

ジュディオングさんは、東京中華学校に通っていたため、東京に住んでいたと推測されますが、2023年に、空き家になった東京の家は処分したと報じられています。

亡くなった父が元気な頃は、両親も日本に家を持っていたが、思い切って処分をすることに。

引用元:毎日キレイ

思い出が詰まった実家を処分するのは、寂しく大変だったと思います。

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ジュディ・オングの実家の父親は中国人で通信産業の父

ジュディオングさんの父親は、翁炳榮(ウェン・ビンロン)さんです。

ジュディオング父親
出典元:三民綱路書店

父・翁炳榮さんは、自叙伝「私とラジオとテレビ:台湾海峡を挟んだ3か所でラジオとテレビのプロモーターを務めたウェン・ビンロンの回想録(日本語訳)」を出版しています。

ジュディ・オングさんの父親は中国人で、中国広播公司ラジオを立ち上げ、局長として働いていましたが、1952年日本に在住する米軍から頼まれて、来日しました。

日本に駐留する米軍のGHQから中国語と英語ができる人間が欲しいと請われたそうです。日本へ来てからは、GHQラジオで中国語放送のチーフとして番組をつくっていました。

引用元:サライ

第二次世界大戦後の日本を占領・管理するために、1945年から1952年(昭和27年)まで東京に置かれた最高司令部です。

しかし、翁炳榮さんは2018年に他界されましたが、94歳だったという話があります。

またジュディオングさんの父親は、1969年に台湾に帰国後、台湾CTV(地上波テレビ放送局)の重役を務めていました。

常に人より一歩未来を見ている人でした。台湾にテレビメディア(台湾CTV)もつくり、技術提供していたNHKが白黒からカラーに移行することもあり、白黒テレビの中継車をNHKから譲り受けて台湾に持ち込み、連続ドラマを作りました。

引用元:東洋経済

日本、中国、台湾の3ヵ所で、ラジオとテレビ産業を築き上げてきた1人で、「通信産業の父」と呼ばれています。

とても偉大な方だったようですね。

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ジュディ・オングの母親は台湾人

ジュディ・オングさんの母親について調査しましたが、名前や職業は公表されていないようです。

母親の名前は和江さんという話もあります。

母親は台湾人で、日本統治時代に育ったため、日本語を話すことが出来ました。

日本統治時代とは、日本が統治していた期間のことで、台湾は1984年~1995年の約50年間です。

母親は、ジュディ・オングさんの芸能界入りを応援してくれたそうです。

父は芸能界入りには大反対。でも、母はいつも娘の選択を大事にして、可能性を最大限に伸ばして上げようという人でしたからね。父を説得してくれたんです。

引用元:サライ

娘の選択を信じてくれる、優しいお母さんですね。

2024年10月時点では、母親は97歳で台湾の兄と共に暮らしていると報じられていました。

それ以降、母親について報じられていないので、2026年現在もご健在だと思われます。

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ジュディ・オングの兄弟は建築家

ジュディオングさんの兄弟は兄がおり、翁祖模(マーク・オング)さんです。

翁祖模さんの職業は、建築家であることが判明しています。

台中の高鐵(新幹線)や高雄流行音楽センター海音館(※スペインの建築士との共同プロジェクト)をはじめ高雄湾のアーバンデザインも手掛けた建築家で、小さいころから良き協力者ですね。

引用元:東洋経済

ジュディ・オングさんは、兄と仲が良いみたいですね。

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まとめ

ジュディ・オングさんの実家について調査したところ、以下のことがわかりました。

  • 日本の実家は東京にありました。
  • 父親の翁炳榮さんは、中国人で通信産業の父と呼ばれています。
  • 母親は台湾人で、日本語を話すことが出来ます。
  • 兄の翁祖模さんは、建築家です。

幼少期から色々な経験をし、大変なこともたくさんあったと思いますが、優しい家族に支えられて、困難を乗り越えてきたのですね。

日本と台湾で活躍し、家族を大切にするジュディ・オングさんをこれからも応援しています。

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