バレーボール男子日本代表のアウトサイドヒッターで、イタリア・セリエAのミラノでプレーする大塚達宣さん。
195cmの高さと安定した守備を併せ持つオールラウンダーですが、京都の名門・洛南高校で一般クラスに在籍していた経歴にも注目が集まっていますよね。
今回は、大塚達宣さんが洛南で一般クラスを選んだ理由と、高校の偏差値や頭いいと言われる学業面、洛南カルテットと呼ばれた同級生まで調査しました。
大塚達宣の高校は洛南で一般クラス
大塚達宣さんの出身高校は京都市南区にある洛南高等学校で、在学中はスポーツクラスではなく一般クラスに所属していました。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 大塚 達宣(おおつか たつのり) |
| 生年月日 | 2000年11月5日 |
| 出身地 | 大阪府枚方市 |
| 身長/体重 | 195cm/87kg |
| ポジション | アウトサイドヒッター |
| 高校 | 洛南高等学校(2016〜2019年) |
| 大学 | 早稲田大学スポーツ科学部 |
大塚達宣さんの実家は大阪府枚方市にあり、小学3年生で地元のパナソニックパンサーズ下部組織・パンサーズジュニアに入団したのがバレーボールの始まりでした。
進路を決める際には、競技だけでなく学業も続けられる環境を求めて洛南を選んでいます。
洛南は毎年多くの難関大合格者を出す進学校で、バレーボール部は春高バレーの常連という珍しい組み合わせの学校です。
その両方が手に入る場所として選ばれたのが洛南だった、というわけですね。
大塚達宣の洛南の偏差値は?
大塚達宣さんが通った洛南高校の偏差値は、コースによって70前後から73前後とされる全国屈指の水準です。
高校のコース編成は、弘法大師の名である空海にちなんだ空パラダイムと海パラダイムの2つに分かれています。
空パラダイムは最難関国公立大を狙う進学重視のコースで、海パラダイムは学業と高校生活の両立を大切にするコースという位置づけです。
外部からの入学試験は5教科の学力試験が課され、京都府内でもトップクラスの難易度で知られています。
大塚達宣さんが在籍していたコース名までは公表されていません。
ただ、進学校としての洛南の水準を考えると、一般クラスで3年間を過ごしたこと自体がかなりの負荷だったはずですね。
大塚達宣は頭いい?推薦との両立
大塚達宣さんが頭いいと言われるのは、スポーツ推薦で洛南に入りながら、あえて一般入試も受けて突破しているからです。
高校3年時の産経新聞の記事では、その経緯がはっきりと紹介されています。
洛南にはスポーツ推薦で入学したが「勉強もしながらバレーもしたい」と、入試も突破して一般クラスに所属。学業も手を抜かずに取り組んできた。
引用元: 産経新聞
推薦だけで入学することもできた立場で、わざわざ学力試験を受けて一般クラスに入った形になります。
学校選びの段階から、この考え方は一貫していました。
「学生である以上、勉強しないといけない。どっちも頑張れるのは洛南と思ったんです」
引用元: 4years.(朝日新聞社)
高校時代の指導者からは、代表活動を経てプレーの引き出しが増えたことも指摘されています。
強く打つだけでなく、ネット際に落としたりブロックアウトを狙ったりと、考えるプレーが増えたそうです。
コート内外での落ち着いた受け答えも早くから評判で、頭脳明晰でクレバーな選手と評されてきました。
日本代表でも控えの役割を淡々とこなしてきた姿勢は、この頃から変わっていないのかもしれませんね。
大塚達宣の同級生は洛南カルテット
大塚達宣さんの洛南時代の同級生には、1年生から主軸を担った洛南カルテットと呼ばれる3人がいます。
セッターで主将の山本龍さん、ウイングスパイカーの垂水優芽さん、ミドルブロッカーの中島明良さんの3人です。
この呼び名は、ライバル校である東山高校の豊田充浩監督が名付けたものとして知られています。
4人はそろって1年時からコートに立ち、3年間かけて洛南を日本一まで押し上げました。
卒業後の歩みは4人それぞれで、進む道は大きく分かれています。
| 選手 | 卒業後の主な歩み |
| 大塚達宣 | 早稲田大からパナソニック、現在はイタリアのミラノ |
| 垂水優芽 | 筑波大からパナソニック、その後イタリアのチステルナ |
| 山本龍 | 大学を経て海外リーグでプレーしていると言われています |
| 中島明良 | バレー人生は高校で区切りをつけ、その後カナダへ渡ったと伝えられています |
イタリアでは大塚達宣さんと垂水優芽さんが対戦し、洛南カルテット対決が実現したことも話題になりました。
高校時代の仲間と海を越えて再会できるのは、なかなかできない経験ですよね。
大塚達宣の高校時代の戦績は?
大塚達宣さんの高校時代は、3年時の春高バレー優勝で締めくくられています。
決勝では両チーム最多の25得点を挙げ、最優秀選手賞にも選ばれました。
3年間の主な戦績を並べると、頂点に届くまでの道のりがよく分かります。
| 時期 | 主な戦績 |
| 2017年 | U-19日本代表として世界ユース選手権に全試合出場し3位 |
| 2018年1月 | 春高バレー準優勝(鎮西に敗れる) |
| 2018年8月 | インターハイ準優勝(市立尼崎に敗れる) |
| 2018年10月 | 福井国体・少年男子で京都が優勝 |
| 2019年1月 | 春高バレー優勝、MVP受賞 |
高校3年時のサイズは193センチで、最高到達点は338センチを記録していました。
同世代では並外れたジャンプ力を武器に、1年時から全国の舞台を経験しています。
インターハイ決勝での敗戦については「優勝を意識しすぎて体が縮まった」と振り返っていました。
その悔しさを冬にぶつけて全国制覇にたどり着いた3年間だったようです。
卒業後は早稲田大学へ進み、在学中に東京オリンピックの代表メンバー入りを果たしました。
学業と競技を並行させた高校時代が、その後の土台になっていそうですね。
まとめ
今回は、大塚達宣さんが洛南で一般クラスを選んだ理由と、高校の偏差値や頭いいと言われる学業面、洛南カルテットの同級生、高校時代の戦績まで調査しました。
- 大塚達宣さんの出身高校は京都の洛南高等学校で、スポーツクラスではなく一般クラスに在籍していました。
- 洛南はスポーツ推薦で入学しながら一般入試も突破しており、勉強とバレーの両立を自ら選んでいます。
- 洛南の偏差値は空パラダイムが73前後、海パラダイムが70前後とされる全国屈指の水準です。
- 在籍していたコース名は公表されていませんが、進学校で3年間学業にも真剣に取り組んできました。
- 同級生の山本龍さん、垂水優芽さん、中島明良さんとは洛南カルテットと呼ばれ、1年時からチームの主軸でした。
- 高校時代は春高バレー準優勝とインターハイ準優勝を経て、3年時に春高で優勝しMVPを獲得しています。
海外リーグで経験を積んだ大塚達宣さんが、日本代表でどんな姿を見せてくれるのか楽しみですね。

