イタリア・セリエAのパワーバレー・ミラノでプレーする、バレーボール男子日本代表の大塚達宣さん。
東京とパリの五輪に2大会続けて出場し、その素顔や家庭環境が気になる人も増えていますよね。
今回は、大塚達宣さんの実家がある大阪・枚方での育ちと、ともに元教師だった両親や兄弟、洛南高校までの歩みを調査しました。
大塚達宣の実家は大阪府枚方市
大塚達宣さんの実家は、大阪府枚方市にあります。
枚方市の公式サイトでも「枚方市出身」と紹介されていて、市のPR大使も務めているほど地元とのつながりが深い選手です。
まずは基本のプロフィールを整理しておきます。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 大塚 達宣(おおつか たつのり) |
| 生年月日 | 2000年11月5日(25歳) |
| 出身地 | 大阪府枚方市 |
| 身長・体重 | 195cm・87kg |
| ポジション | アウトサイドヒッター |
| 所属 | パワーバレー・ミラノ(イタリア・セリエA) |
| 愛称 | タツ |
小学3年生でバレーボールを始めたきっかけも、実家のある枚方という土地にありました。
地元にはVリーグの強豪パナソニックパンサーズ(現・大阪ブルテオン)の本拠地があり、その下部組織「パンサーズジュニア」の部員募集を知って入団したのが始まりです。
中学生までジュニアでプレーし、全国大会優勝も経験しました。
実家の詳しい住所は公表されていませんが、チームの練習拠点とはかなり近い場所のようです。
実家は、練習拠点のパナソニックアリーナ(大阪府枚方市)から車でそう遠くない。
引用元: 毎日新聞
パナソニックパンサーズに在籍していた頃は、ホームゲームのたびに実家へ立ち寄っていたそうです。
ちなみに大塚達宣さんの実家ではハリネズミを飼っていて、オフィシャルサイトのグッズデザインにも登場するほどのおなじみの存在になっています。
大学進学で家を離れてからも、ペットの話題で家族と連絡を取り合っていたというエピソードが残っています。
海外を拠点にしながらも地元に凱旋イベントを開くなど、枚方への愛着はずっと変わらないようですね。
大塚達宣の両親は元教師の父と母
大塚達宣さんの両親は、ともに高校の体育教師でバレーボールの指導経験を持っています。
父母ともに高校の体育教師をしており、バレー部の顧問をしていた。
引用元: 早稲田スポーツ新聞会
両親ともバレーボールの経験者であり指導者でもあったことが、大塚達宣さんがバレーに進む自然なきっかけになりました。
父・正宣さんは名前の由来にもなった存在
父親は大塚正宣(まさのぶ)さんで、2024年5月の時点で61歳と報じられています。
「達宣」という名前は、父の正宣さんの「宣」から一文字を取ったものです。
そこに、目標を「達」成してほしいという願いと、多くの友「達」に囲まれてほしいという思いが重ねられました。
正宣さんは幼い頃の息子について、表にガンガン出るタイプではなかったと振り返っています。
休日には野球ボールでキャッチボールをするなど、バレーの技術指導ではなく体づくりの遊びを一緒に楽しんでいたそうです。
指導者でありながら家では技術的な話を一切せず、専門的なことは監督やコーチに任せる。
この距離感が大塚達宣さんの伸びやかさにつながったのかもしれませんね。
母・淳子さんは栄養面から支えたサポーター
母親は大塚淳子(じゅんこ)さんで、結婚を機に教師を離れ専業主婦になりました。
淳子さんが力を注いだのが食事のサポートです。
小学6年生のときに日本バレーボール協会のエリートアカデミー合宿で栄養の知識を持ち帰ってきたことをきっかけに、本格的に栄養を学び始めました。
毎食に牛乳やチーズなどの乳製品を取り入れ、補食として一口サイズのチーズやおにぎりを持たせる日々。
小学6年生から高校入学までの間に身長は30センチ伸び、190センチ台に到達しました。
イタリアへ渡ってからも淳子さんとは毎日のように連絡を取り合っています。
生活に疲れが見えたときには「人と比べなくていい」といった言葉をかけ、遠く離れた場所から息子の心を支えてきました。
競技のことは指導せず、生活と心の面から支える。
そんな両親のスタンスが伝わってきますね。
大塚達宣の兄弟は妹が1人
大塚達宣さんの兄弟は妹が1人で、両親と合わせた4人家族です。
ともに体育教諭としてバレーボールの指導経験がある両親と妹の4人家族だ。
引用元: 毎日新聞
妹の名前や年齢、職業などは公表されていません。
実家では今も「お兄ちゃん」と呼ばれているそうです。
家族構成をまとめると次のようになります。
| 続柄 | 分かっていること |
| 父 | 大塚正宣さん。元高校体育教師でバレー部顧問 |
| 母 | 大塚淳子さん。元高校体育教師で現在は専業主婦 |
| 本人 | 大塚達宣さん。2000年生まれの長男 |
| 妹 | 1人。名前や年齢は非公表 |
大塚家で習慣になっていたのは、4人そろって会話をしながら夕食を食べることでした。
子どもたちが高校生になって忙しくなっても、この時間は変わらず続いたといいます。
「今日は楽しかったか?」という両親の問いかけから始まり、学校の友達や趣味の話まで会話が絶えない家庭。
頭ごなしに決めつけず最後まで話を聞く姿勢を両親が貫いたため、きょうだいともに反抗期がなかったそうです。
休日には家族で祖父母の家を訪ねたり、温泉旅行に出かけたり。
高校時代のインタビューでも、祖母が作るトンカツが好きだと話しています。
日本代表の中で自らを「人柄枠」と表現する穏やかさは、この家庭で育まれたのでしょうね。
大塚達宣の学歴は洛南から早稲田
大塚達宣さんの学歴は、枚方市立山田小学校から中宮中学校を経て、京都の洛南高校、早稲田大学スポーツ科学部という流れです。
| 時期 | 学校 |
| 小学校 | 枚方市立山田小学校 |
| 中学校 | 枚方市立中宮中学校 |
| 高校 | 洛南高等学校(2016-2019年) |
| 大学 | 早稲田大学スポーツ科学部(2019-2023年) |
中宮中学校にはバレー部がなかったため、中学時代も引き続きパンサーズジュニアでプレーしていました。
中学3年時には全国ヤングクラブ優勝大会U-14男子で初優勝を飾っています。
強豪校からの誘いがある中で洛南高校を選んだのは、文武両道を貫くためでした。
大塚達宣さんが洛南で選んだのは一般クラスで、スポーツ推薦で入りながら入試も突破して進学しています。
洛南高校では2年時の春高バレーで準優勝、3年時にはついに全国制覇を達成しました。
この大会では最優秀選手にも選ばれています。
学生である以上は勉強が本分という両親の考え方が、進学校を選ぶ後押しになったようです。
早稲田大学では教員免許の取得にも励み、セカンドキャリアとして体育教師を思い描いていると語っていました。
両親と同じ道を将来の選択肢に挙げているところに、育った家庭の影響が表れていますね。
まとめ
今回は、大塚達宣さんの実家がある枚方での育ちと、両親や兄弟、洛南高校までの学歴を調査しました。
- 大塚達宣さんの実家は大阪府枚方市にあり、練習拠点だったパナソニックアリーナから車でそう遠くない場所にあります。詳しい住所は公表されていません。
- 両親はともに高校の体育教師でバレー部の顧問を務めていました。父は大塚正宣さん、母は大塚淳子さんです。
- 「達宣」という名前は父の正宣さんの一文字に、目標を達成してほしい、友達に囲まれてほしいという願いを重ねて付けられました。
- 兄弟は妹が1人で、両親と合わせた4人家族です。妹の名前や年齢は公表されていません。
- 学歴は枚方市立山田小学校から中宮中学校、洛南高校、早稲田大学スポーツ科学部という流れで、洛南では3年時に春高バレー優勝とMVPを経験しました。
- 実家ではハリネズミを飼っていて、イタリアに渡った今も家族と毎日のように連絡を取り合っています。
穏やかな家庭で育った日本代表エースが、これから世界の舞台でどんな景色を見せてくれるのか楽しみですね。

