花巻東高校で主将を務める古城大翔(ふるき だいと)さん。
5季連続となる夏の甲子園出場を決め、木製バットを操る右の大砲としてプロのスカウトからも熱い視線を集めています。
今回は、古城大翔さんの家族構成と、その原点になった環境について調査しました。
古城大翔のプロフィールと野球歴
まずは古城大翔さんの基本情報からおさらいしておきますね。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 古城 大翔(ふるき だいと) |
| 生年月日 | 2008年6月4日 |
| 出身地 | 神奈川県横浜市 |
| 身長・体重 | 180cm・94kg |
| 投打 | 右投げ右打ち |
| ポジション | 内野手(一塁・三塁) |
| 高校 | 花巻東高校(岩手県) |
| 経歴 | 勝田小(山田バッファローズ)→早渕中(都筑中央ボーイズ)→花巻東高 |
小学校の低学年で地元の山田バッファローズに入り、中学時代は都筑中央ボーイズでプレー。
3年夏には全国16強まで勝ち進んでいます。
花巻東へ進んでからは1年春にベンチ入りし、1年夏には甲子園の舞台を踏むという早熟ぶりでした。
2年春からは金属ではなく木製バットを握り、高校通算34本塁打をマーク。
2025年秋の新チームからは主将を任され、東北大会も制しています。
50メートル走6秒4、遠投120メートルという身体能力の高さも折り紙付きで、打つだけの選手ではないんですよね。
高校生らしい一面もあって、チームメートが「ずっと歌ってますよ」と言うほどの歌好きだそうです。
強打者のイメージとは少し違う素顔が見えてきますね。
古城大翔の家族構成は?
公表されている情報をまとめると、古城大翔さんは父・母・兄・本人の4人家族とみられます。
| 続柄 | 概要 |
| 父 | 古城茂幸さん(元プロ野球選手・現役コーチ) |
| 母 | 一般女性のため氏名などは非公表 |
| 兄 | 一般人のため詳細は非公表 |
大翔さんは複数の報道で「次男」と紹介されているため、上に男兄弟が1人いることになります。
ただ、名前や年齢、現在何をしているのかといった情報はいっさい公表されていません。
なお、家族の中で唯一プロの世界に身を置いているのが父・茂幸さんです。
母と兄については一般の方ですので、詳しい情報が出てこないのはむしろ自然なことかもしれませんね。
野球一家というイメージが強いご家庭ですが、実際にはどんな支え方をしてきたのでしょうか。
順番に見ていきましょう。
古城大翔の父・古城茂幸の経歴がすごい
父の古城茂幸さんは、1976年1月12日生まれの千葉県柏市出身。
中央学院高から国士舘大へ進み、1997年のドラフト会議で日本ハムから5位指名を受けてプロ入りしました。
2006年に岡島秀樹さんとのトレードで巨人へ移籍すると、内野4ポジションをこなすユーティリティー性と勝負強い打撃で「振り向けば古城」と呼ばれる働きぶりを見せます。
現役16年間の通算成績は767試合出場、打率.225、9本塁打。
2013年限りで引退しました。
引退後はジャイアンツアカデミーのコーチや解説者、スカウトを経て、2019年から巨人のコーチに就任。
2025年は一軍内野守備コーチを務め、2026年からはハヤテベンチャーズ静岡のヘッドコーチ兼野手総合コーチとして指導にあたっています。
守備の名手として鳴らした父ですから、捕球から送球までの精度には厳しい目を持っていたのではないでしょうか。
一方で、大翔さんが受け取ってきたのはもっとシンプルな言葉でした。
「小さい頃から『力を抜いていけよ』と言われ続けてきたので意識しています」
引用元: 日刊スポーツ
なぜ神奈川から岩手の花巻東へ?父と佐々木洋監督の意外な縁
古城大翔選手は、神奈川県横浜市の出身です。
勝田小2年で野球を始め、早渕中時代は都筑中央ボーイズでプレーしていました。
神奈川にも全国レベルの強豪校はたくさんあるのに、なぜわざわざ岩手の花巻東を選んだのか、気になりますよね。
その背景のひとつとして報じられているのが、父・茂幸さんと花巻東・佐々木洋監督のつながりです。
実はこの2人、国士舘大の野球部で同期だったのです。
毎日新聞も「父・茂幸さんが佐々木洋監督と国士舘大野球部で同期だった縁もあり花巻東へ」と伝えています。
もちろん、これが唯一の決め手だったと発表されているわけではありません。
大谷翔平選手に憧れて花巻東を志したとも報じられていますし、最終的には本人の意思が大きかったはずです。
ただ、父が学生時代をともに過ごした人物が指導者として待っていたことは、遠く岩手へ息子を送り出す家族にとって、大きな安心材料になったのではないでしょうか。
古城大翔の母と兄はどんな存在?
母親については名前も職業も公表されていません。
ただ、大翔さんが掲げる座右の銘に、その影響がはっきり残っています。
座右の銘は、母にもらった本のタイトルでもある「置かれた場所で咲きなさい」
引用元: 毎日新聞
神奈川の自宅を離れ、岩手の寮で生活する息子に贈られた言葉だと考えると、なかなか胸に迫るものがありますよね。
実際、花巻東での寮生活では消灯までのわずかな時間しかスマートフォンを使えず、その貴重な時間を指導者への相談にあてることもあったといいます。
「置かれた場所で咲きなさい」という一冊が、遠く離れた土地で戦う支えになっていたのかもしれません。
兄については、父が自身のブログで長男の運動会に足を運んだ様子をつづっており、兄弟がいることは以前からうかがえました。
とはいえ、名前や進路が公にされたことはなく、野球を続けているかどうかも確認できていません。
大翔さんが「気は優しくて力持ち」と評される穏やかな人柄は、こうした家庭で育まれたものなのでしょう。
家族の存在感が、静かに伝わってきますね。
古城大翔の実家は横浜のどこ?
古城大翔さんの出身地は神奈川県横浜市です。
小学校は勝田小、中学校は早渕中に通っており、いずれも横浜市内の学校になります。
少年野球の山田バッファローズ、中学時代の都筑中央ボーイズも横浜市を拠点とするチームですので、実家は横浜市の北部エリアにあると考えてよさそうです。
なお、父の茂幸さんの出身は千葉県柏市で、2013年には市から市民特別功労賞を贈られています。
父方のルーツは千葉、大翔さん自身が生まれ育ったのは横浜、そして高校3年間は岩手と、家族の足跡はなかなか広範囲に及んでいます。
高校進学と同時に寮へ入ったため、大翔さんが横浜の実家で過ごした時間は中学までということになります。
地元を離れる決断を15歳でしたわけで、相当な覚悟だったはずですね。
古城大翔の現在は2026年夏の甲子園へ
2026年の古城大翔さんは、決して順風満帆ではありませんでした。
4月下旬にけがを負い、春はチームを離れる時期もあったのです。
「腐っていた自分がいた」と本人が振り返るほど、苦しい時間だったようですね。
それでも夏の岩手大会では復帰し、16打数6安打と存在感を発揮。
決勝では盛岡大付を5-0で下し、大会史上初となる4連覇を達成しました。
5季連続、夏としては14度目の甲子園切符です。
出発セレモニーでは「岩手から日本一」と書かれた寄せ書きを主将として受け取り、目標達成を誓いました。
甲子園の初戦は大会5日目にあたる8月9日の第1試合で、愛媛代表の新田と対戦します。
秋のドラフト会議でも上位候補に挙がる存在ですので、父に続くプロ入りが実現するのか、注目が集まりそうです。
まとめ
古城大翔さんの家族構成は、父・母・兄・本人の4人家族とみられます。
父は日本ハムと巨人で16年間プレーした古城茂幸さんで、現在はハヤテベンチャーズ静岡でコーチを務めています。
母と兄は一般の方のため情報は非公表ですが、母から贈られた本のタイトルが座右の銘になっているというエピソードは印象的でした。
実家は横浜市にあり、地元の少年野球からスタートして岩手の花巻東へと渡った歩みが、いまの主将像につながっています。
最後の夏、そしてその先の進路でどんな結果を残すのか、楽しみに見守りたいですね。
