宝塚歌劇団の星組と雪組で、宝塚史上初めて姉妹そろって同時期にトップ娘役を務めた夢咲ねねさんと愛加あゆさん。
姉妹2人で夢舞台の頂点に立ったことから、富山の実家は金持ちなのか、その理由や地元企業の創業者一族という噂が気になる人も多いですよね。
今回は、夢咲ねねさんと愛加あゆさんの実家について、父親の職業や母親、兄弟、2人の本名まで調査しました。
夢咲ねねと愛加あゆの実家は金持ち?
夢咲ねねさんと愛加あゆさんの実家が金持ちかどうかについて、本人たちがはっきり語ったことはありません。
ただ、姉妹そろって宝塚に進み、ともにトップ娘役まで上り詰めたことから、裕福な家庭だと見る声は根強くあります。
宝塚を目指すにはバレエや声楽のレッスンが欠かせず、それを姉妹2人分続けるには、家族の手厚い支えが必要だったはずです。
ここからは、金持ちと言われる理由や噂の中身、富山の実家について順番に見ていきます。
金持ちと言われる理由
いちばんの理由は、姉妹2人が幼いころから習い事と芸能活動を両立していたことです。
夢咲ねねさんは3歳からバレエを習い、高校在学中に2度目の受験で宝塚音楽学校に合格したと言われています。
妹の愛加あゆさんは、宝塚入団前にCMやドラマに出演していた子役でした。
2000年にユニクロのCM、2001年にプレイステーション2のCMに出演し、TBSのドラマ『高校教師』にも出ています。
富山市出身でありながら、中学は東京の文京区立第七中学校を卒業していて、子役時代は東京で暮らしていたようです。
2人が宝塚に入るまでの主な出来事をまとめると、次のとおりです。
| 年 | 出来事 |
| 2000年 | 愛加あゆさんがユニクロのCMに出演 |
| 2001年 | 夢咲ねねさんが宝塚音楽学校に入学 |
| 2001年 | 愛加あゆさんがプレイステーション2のCMに出演 |
| 2003年 | 夢咲ねねさんが89期生として入団 |
| 2003年 | 愛加あゆさんが宝塚音楽学校に入学 |
| 2005年 | 愛加あゆさんが91期生として入団 |
富山から東京、そして兵庫の宝塚へと、姉妹それぞれが早くから家を離れて夢を追っていたことが分かります。
レッスン代に加え、住まいや移動の費用まで考えると、実家の支えはかなり大きかったのかもしれませんね。
地元企業の創業者一族?
地元企業の創業者一族という声もありますが、企業名も含めて確かな裏づけは見つかりませんでした。
ほかにも、実家は富山で山林を持つ地主だと言われています。
夢咲ねねさんも愛加あゆさんも、インタビューで家業について語ったことはないようです。
一方で、父親は仕事の関係で引っ越しを重ねていたと言われていて、家業の話とは結びつかない部分もあります。
家族のことを大切にしながらも、実家の仕事については表に出さないスタンスを守っているようですね。
実家は富山のどこ?
夢咲ねねさんと愛加あゆさんの実家は、どちらも富山県富山市です。
ただし、町名などのくわしい場所は明かされていません。
夢咲ねねさんは幼少期に金沢や福井で暮らしたあと、高校進学のタイミングで富山に戻ったと言われています。
宝塚受験のころは、富山市内の富山第一高等学校に通っていました。
愛加あゆさんは2017年4月に「とやまふるさと大使」に任命され、地元に帰ると必ずと言っていいほど回転寿司に行くそうです。
同じ年には、富山の実家に帰った際に両親や祖母、姉、愛犬と一緒に長野県の湯田中温泉へ出かけたことも明かしていました。
2024年放送のNHKドラマ『コトコト〜おいしい心と出会う旅〜』富山編では、地元を舞台にした作品で初めて富山弁の演技に挑戦しています。

家族みんなで温泉旅行に行けるなんて、本当に仲のいいご家族なんですね!
夢咲ねねと愛加あゆの父親の職業は?
夢咲ねねさんと愛加あゆさんの父親の職業は、明かされていません。
名前や年齢も公にはなっておらず、一般の方なので詳しいプロフィールは伏せられているようです。
それでも、2人の話からは娘たちの夢を近くで支えてきた父親の姿が見えてきます。
特に印象的なのが、「夢咲ねね」という芸名の誕生に父親が関わっていたことです。
上級生の方とかぶらず、皆さんにすぐ覚えてもらえるような名前を家族で考えました。上の名前は夢が咲くように、「ねね」は父が考えてくれました。
引用元: 日本ポピュラー音楽協会
父親はたくさんの候補を挙げ、その中から豊臣秀吉の妻の名前で、ひらがなで覚えやすい「ねね」に決まったと言われています。
また、夢咲ねねさんが幼いころに金沢や福井へ引っ越したのは、父親の仕事の関係だったそうです。
愛加あゆさんは2014年の宝塚退団後に母親と2人でハワイを旅行し、父親は仕事で来られなかったと話していました。
当時も現役で働いていたことは分かりますが、どんな仕事なのかは語られていません。
12年間名乗り続けた芸名を父親が考えたと思うと、家族の思いがこもった名前ですね。
夢咲ねねと愛加あゆの母親と兄弟は?
夢咲ねねさんと愛加あゆさんの母親は一般の方で、名前や職業は明かされていません。
兄弟については、2人の姉妹以外の存在は確認できませんでした。
ここでは、本人たちが語ってきた母親とのエピソードや、姉妹の関係を紹介します。
母親はどんな人?
母親の名前や職業は公表されていませんが、娘の舞台を客席から見守ってきたことが分かっています。
愛加あゆさんは、トップ娘役として地元・富山で全国ツアー公演をした際、早着替えを勘違いして出番に遅れてしまったそうです。
客席で見ていた母親は『何かケガしたんじゃないか』とか、凄い心配したらしくって、一番やってはいけないことをやってしまった思い出ですね
引用元: 文化放送
退団後には母親と2人でハワイを旅行し、スキューバダイビングやイルカと泳ぐ体験を楽しんだと話していました。
母親と2人で台湾を旅した様子を、公式インスタグラムで紹介したこともあります。
兄弟は姉妹2人だけ?
夢咲ねねさんと愛加あゆさんは3歳違いの姉妹で、ほかに兄弟がいるという話は出ていません。
これまでに語られた家族をまとめると、次のようになります。
| 家族 | 分かっていること |
| 父親 | 芸名「ねね」の名付け親・職業は非公表 |
| 母親 | 舞台を客席で見守る・旅行好き |
| 祖母 | 2017年の家族旅行に同行 |
| 姉・夢咲ねね | 1984年生まれ・元星組トップ娘役 |
| 妹・愛加あゆ | 1987年生まれ・元雪組トップ娘役 |
姉妹の仲はとても良く、宝塚時代は一緒に暮らしながら励まし合っていたそうです。
夢咲ねねさんはその関係を「戦友みたいな関係」と表現していました。
2022年に出演したラジオでも、愛加あゆさんは今も姉と同居していると話しています。
一方で、入団したてのころは姉と比べられることが多く、「何で私は姉に似てないんだろう」と悩んだ時期もあったそうです。
稽古着をロッカーで貸し合ったり、姉に喝を入れられて泣いたりと、姉妹ならではのエピソードもたくさんあります。

同じトップ娘役という立場を経験した姉妹だからこそ、分かり合えることも多いんでしょうね。
夢咲ねねと愛加あゆの本名は?
夢咲ねねさんの本名は赤根那奈(あかね なな)さんです。
妹の愛加あゆさんの本名は、赤根伶奈(あかね れな)さんと言われています。
宝塚時代の愛加あゆさんの愛称には「れな」もあり、本名から来ていると見られます。
子役時代は、赤咲伶奈(あかさき れな)という名前で活動していたと言われています。
2人の基本プロフィールを並べると、次のとおりです。
| 項目 | 夢咲ねね | 愛加あゆ |
| 本名 | 赤根那奈 | 赤根伶奈とされる |
| 生年月日 | 1984年7月4日 | 1987年10月18日 |
| 出身地 | 富山県富山市 | 富山県富山市 |
| 宝塚入団 | 2003年(89期生) | 2005年(91期生) |
| トップ娘役 | 星組(2009〜2015年) | 雪組(2012〜2014年) |
| 所属事務所 | キューブ | ワタナベエンターテインメント |
夢咲ねねさんは2015年の退団後、しばらく本名の赤根那奈として活動していました。
2017年にはドラマ『ラブホの上野さん』や映画『ろくでなし』に、赤根那奈の名前で出演しています。
その後、同じ2017年のミュージカル『グレート・ギャツビー』から、再び夢咲ねねの名前に戻しました。
愛加あゆさんは退団後も芸名のまま、舞台を中心にドラマや配信作品にも活躍の場を広げています。

本名と芸名の両方の名前で舞台に立った経験も、夢咲ねねさんらしいエピソードですね。
まとめ
今回は、夢咲ねねさんと愛加あゆさんの実家について、金持ちと言われる理由や父親の職業、母親、兄弟、本名まで調査しました。
- 夢咲ねねさんと愛加あゆさんの実家は富山県富山市で、2人とも富山市の出身です。
- 実家が金持ちかは明かされておらず、地元企業の創業者一族や山林を持つ地主という噂があります。
- 姉妹2人が幼いころからバレエや子役の活動を続けていたことが、裕福だと言われる理由です。
- 父親の職業は非公表ですが、「夢咲ねね」の「ねね」は父親が考えた名前です。
- 母親は一般の方で、兄弟は2人の姉妹以外には確認できず、今も姉妹で同居しています。
- 夢咲ねねさんの本名は赤根那奈さんで、愛加あゆさんは赤根伶奈さんと言われています。
家族の支えを受けて夢を叶えた姉妹が、これからも舞台でどんな姿を見せてくれるのか楽しみですね。
