ゼンリン所属の陸上選手で、女子400mハードルの日本歴代3位となる55秒92をマークして日本選手権を初制覇した青木穂花さん。
母親も同じ400mハードルで日本一に輝きアジア大会にも出場した元代表選手で、父親や姉・弟を含む家族構成にも関心が広がっていますよね。
今回は、青木穂花さんの母親の経歴に加えて、父親や3人兄弟である姉と弟、福岡の出身や実家まで調査しました。
青木穂花の母親は元日本代表の城土早穂子
青木穂花さんの母親は、旧姓・城土早穂子(じょうど さほこ)さんという元陸上選手です。
現在の姓は青木で、娘と同じ400mハードルを専門にしていました。
福岡大学の4年生だった1994年、日本選手権の女子400mハードルで優勝を果たしています。
同じ年に地元・日本で開かれた広島アジア大会にも日本代表として出場し、5位に入賞しました。
母親・早穂子さんの実績をまとめると、次の通りになります。
| 項目 | 内容 |
| 1994年 | 日本選手権 女子400mハードル優勝(福岡大4年時) |
| 1994年 | 広島アジア大会に日本代表として出場し5位入賞 |
| 自己ベスト | 400mハードル 57秒86 |
| 現在 | 母校・筑紫女学園高校で陸上競技を指導 |
競技を退いたあとは指導者の道に進み、母校でもある筑紫女学園高校で陸上部の選手たちを見ています。
青木穂花さんにとっては母親であると同時に、高校時代に直接指導を受けた恩師でもあるんですね。
トップ選手だった母親が身近にいたことが、そのまま競技力につながった形といえそうです。
青木穂花と母親の親子2代アジア大会
青木穂花さんにとって、母親の記録は長く超えるべき目標でした。
その壁を破ったのが、青山学院大学4年だった2023年の関東インカレです。
女子400mハードルを57秒65の自己新記録で制し、母親の自己ベスト57秒86をついに上回りました。
このときの母娘のやり取りが、当時の記事で紹介されています。
母からLINEで「おめでとう。最高の母の日のプレゼントありがとう」とメッセージが届いたという。
引用元: 月陸Online
そして社会人3年目、日本選手権の女子400mハードルで55秒92の日本歴代3位となるタイムをマークし、初優勝を飾りました。
母親が1994年に同じ種目で日本一になっているため、母娘2代での日本選手権制覇となっています。
この優勝でアジア大会の代表にも決まり、母親が立った広島大会以来となる自国開催の大舞台に、親子2代でそろって挑むことになりました。
| 項目 | 内容 |
| 母・早穂子さんの自己ベスト | 400mハードル 57秒86 |
| 青木穂花さんの自己ベスト | 400mハードル 55秒92(日本歴代3位) |
| 母・早穂子さんのアジア大会 | 1994年広島大会で5位入賞 |
| 青木穂花さんのアジア大会 | 愛知・名古屋大会に日本代表として出場 |
日本選手権の決勝当日は、母親も会場に駆けつけていました。
レース前のやり取りについて、青木穂花さん本人が次のように語っています。
会場には母も来てくれていて、「予選の走りがよかったから、(決勝は)自分のやりたいレースをやりなさい」と言って送りだしてくれた。
引用元: 日本陸上競技連盟
同じ種目を歩いてきた母親の言葉だからこそ、背中を押す力も大きかったのかもしれませんね。
青木穂花の家族構成は父親と母親・3人兄弟
青木穂花さんの家族構成は、両親と姉・弟を加えた5人とみられます。
姉・本人・弟の3人兄弟の真ん中にあたります。
| 続柄 | 内容 |
| 父親 | 情報は公表されていない |
| 母親 | 青木早穂子さん。元400mハードル日本一で現在は高校指導者 |
| 姉 | 青木光穂さん。100mハードルの選手として福岡大まで競技を継続 |
| 本人 | 青木穂花さん。400mハードルでゼンリンに所属 |
| 弟 | 青木龍翔さん。立教大学で1500mを走る中距離ランナー |
母親を中心に、子ども3人がそろって陸上競技に打ち込んできた一家です。
種目はハードルと中距離に分かれていますが、全員が全国区の舞台を経験しています。
父親についての情報
青木穂花さんの父親については、名前も職業も公表されていません。
母親や姉、弟のように競技者として表に出ている情報もないため、陸上とは別の世界にいる可能性が高そうです。
ただ、子ども3人が長く競技を続けられた背景には、遠征や進学を支えた家庭のバックアップがあったはずです。
表に名前は出なくても、支え役として大きな存在なのでしょうね。
母親と姉・弟がそろう陸上一家
青木穂花さんの家庭は、メディアでもたびたび「陸上一家」と紹介されてきました。
母親が元日本代表、姉と弟も大学まで競技を続けたという環境は、なかなかありません。
それでも競技を強制されたことはなく、本人が自分の意思で陸上を選んだと伝えられています。
家族の距離感が、長く続けられた理由のひとつなのかもしれません。
青木穂花の姉と弟も母親譲りの陸上選手?
青木穂花さんの姉と弟は、どちらも大学まで陸上を続けた選手です。
母親譲りの走力が、3人それぞれの種目で発揮されてきました。
姉は100mハードルで福岡大へ
姉の青木光穂さんは、100mハードルを専門とする選手でした。
母親の母校でもある福岡大学のスポーツ科学部に進み、日本インカレの舞台も経験しています。
U20日本選手権にも出場するなど、高校時代から実績を重ねてきた選手です。
ハードル種目を選んだ点は、母親と妹に通じるところがありますね。
弟は立教大の中距離ランナー
弟の青木龍翔(あおき りょうと)さんは、福岡の大牟田高校から立教大学スポーツウエルネス学部へ進んだ中距離ランナーです。
1500mを主戦場に、800mや5000mでも記録を伸ばしてきました。
関東インカレの男子2部1500mでは3連覇を達成し、1500mで3分40秒を切るタイムも記録しています。
現在は立教大学の男子駅伝チームに所属しています。
2026年の日本選手権では、青木穂花さんが自身のXで「弟が決勝に残ったので、私もしっかりがんばります」と投稿していました。
姉弟で同じ大会の決勝を目指す関係というのは、ちょっとうらやましい環境ですよね。
青木穂花の出身・実家は福岡!母親も福岡大
青木穂花さんの出身地は、福岡県福岡市です。
実家の詳しい場所は公表されていませんが、市内で育ったことが各種の報道で伝えられています。
中学校は福岡市博多区にある福岡市立那珂中学校で、ここで陸上を始めました。
九州中学校陸上競技大会の女子100mハードルで1位になるなど、この時点ですでに結果を残しています。
高校は福岡市中央区の筑紫女学園高校へ進学し、母親の指導のもとで本格的に400mハードルへ転向しました。
インターハイでは2年時に2位、3年時に4位という成績を収めています。
家族の進学先も福岡と縁が深く、母親と姉は福岡大学、弟は福岡の大牟田高校の出身です。
青木穂花さんが青山学院大学へ進んだことで、家族のなかでは一人だけ関東へ出た形になります。
小学生のころはバレーボールに打ち込んでいたという情報もありますが、確かな裏づけは見つかりませんでした。
福岡で育った土台が、今の走りにつながっているのは間違いなさそうですね。
まとめ
今回は、青木穂花さんの母親の経歴と、父親や姉・弟を含む家族構成、福岡の出身や実家まで調査しました。
- 青木穂花さんの母親は旧姓・城土早穂子さんで、1994年の日本選手権女子400mハードル優勝者です。同年の広島アジア大会にも出場し5位に入賞しました。
- 母親は現在、母校の筑紫女学園高校で陸上を指導しており、青木穂花さんの高校時代の恩師でもあります。
- 青木穂花さんは2023年の関東インカレで母親の自己ベストを更新し、日本選手権では55秒92で母娘2代の優勝を果たしました。
- 家族構成は両親と姉・弟を加えた5人とみられ、青木穂花さんは3人兄弟の真ん中です。父親についての情報は公表されていません。
- 姉の青木光穂さんは100mハードルで福岡大学まで、弟の青木龍翔さんは立教大学で1500mを走り関東インカレ2部3連覇を達成しています。
- 出身は福岡県福岡市で、那珂中学校から筑紫女学園高校へ進み、実家の詳しい場所は公表されていません。
母親が届かなかった記録の先へ、家族で積み重ねてきた力がどこまで届くのか楽しみですね。
