「たけし軍団の弁慶」と呼ばれ、糖尿病と人工透析の日々を包み隠さず発信し続けたグレート義太夫さん。
2026年9月に67歳で亡くなり、その歩みや身近な人たちのことを知りたくなった人も多いですよね。
今回は、グレート義太夫さんの嫁との結婚と離婚、子供の有無、母コヲさんの現在や家族構成を調査しました。
グレート義太夫のwikiプロフィール
グレート義太夫さんは1958年12月26日生まれ、東京都板橋区出身のお笑いタレントで、本名は鈴木正之さんです。
| 項目 | 内容 |
| 芸名 | グレート義太夫(グレートぎだゆう) |
| 本名 | 鈴木 正之(すずき まさゆき) |
| 生年月日 | 1958年12月26日 |
| 出身地 | 東京都板橋区 |
| 学歴 | 京華高校卒業/亜細亜大学中退 |
| 師匠 | ビートたけし |
| 所属 | 株式会社TAP |
| 血液型 | B型 |
大学時代はドラマーとしてバンド活動をしていて、音楽の道からビートたけしさんに弟子入りした経歴を持っています。
1983年に弟子入りし、『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』や『北野ファンクラブ』などの人気番組で顔を知られました。
叔父は元小結の國登國生さんで、力士に間違えられるほどの体格も長く芸の一部になっていました。
1995年に36歳で糖尿病と診断され、2007年からは糖尿病性腎症による末期腎不全のため人工透析を続けていました。
2026年9月7日に都内の自宅マンションで倒れ、搬送先の病院で亡くなったことが所属事務所から発表されています。
透析を続けながら寄席や舞台に立ち続けた姿が、多くの人の記憶に残っていますね。
そこに至るまでのグレート義太夫さんの死因や糖尿病の経緯は、こちらの記事で詳しくまとめています。
グレート義太夫の嫁と結婚の経緯
グレート義太夫さんは2002年に結婚しています。
お相手は、長年いっしょに暮らしていた同棲相手の女性です。
名前や職業、年齢といった情報は公表されていません。
無類の猫好きとして知られていて、二人で暮らしていた部屋は猫屋敷のようだったといいます。
その暮らしぶりは『北野ファンクラブ』のお宅訪問企画でも取り上げられました。
同棲期間が長く続いたうえでの結婚で、式や披露宴の様子なども表には出ていないようです。
にぎやかなテレビの世界の裏で、静かに家庭を築いていた時期があったんですね。
グレート義太夫が離婚した時期は?
グレート義太夫さんは2006年に離婚しています。
結婚生活は4年ほどで、離婚の理由は公表されていません。
離婚の翌年にあたる2007年には末期腎不全で緊急入院し、人工透析が始まっています。
体調が大きく崩れていく直前の時期に、家庭の形も変わったことになります。
2013年のブログでは、当時を「何処か甘えて、離婚してからもダラダラしていたのは事実」と振り返っていました。
きっぱり割り切れない思いも抱えていたのかもしれませんね。
グレート義太夫に子供はいる?
グレート義太夫さんに子供がいたという情報は公表されていません。
離婚後は独身のまま、東京都内でひとり暮らしを続けていました。
いつ体調が急変するかわからない生活を支えていたのは、40年以上つきあいのあるたけし軍団のメンバーです。
朝9時までにブログの更新をしていないと、誰かから生存確認のメールが来るんです。
引用元: CHANTO WEB
事務所全体で見守られている実感を、「家族以上の存在」とも語っていました。
2024年に心筋梗塞で倒れたときも、ダンカンさんが真っ先に冗談まじりのメールをくれたそうです。
血のつながりとは別の形で、頼れる相手がそばにいた人生だったようです。
グレート義太夫の家族構成は?
グレート義太夫さんの家族構成で確認できているのは、両親と弟、そして本人です。
ほかに兄弟がいるかどうかは公表されていません。
| 続柄 | 内容 |
| 父 | 糖尿病がきっかけで死去 |
| 母 | 鈴木コヲさん/2022年3月に90歳で他界 |
| 弟 | 母の見舞いに一緒に通う仲 |
| 叔父 | 元小結の國登國生さん |
父親を亡くしたのは、グレート義太夫さんが36歳のころでした。
インタビューでは「僕が36歳のときに父親が糖尿病をきっかけに亡くなり、その1年後に今度は自分が糖尿病だと言われたのです」と明かしています。
父から続く体質と向き合う闘病が、その後の活動の柱にもなっていきました。
弟さんとは母親の見舞いに連れ立って通う間柄で、弟さんの家族も病室によく顔を見せていたようです。
家族の話をユーモアを交えて書けるところが、義太夫さんらしいところですね。
グレート義太夫の母コヲさんの現在
母親の鈴木コヲさんは、2022年3月に90歳で亡くなっています。
2017年8月25日に熱中症で意識不明となり、救急搬送されました。
意識は戻ったものの、会話ができる状態までは回復しませんでした。
その後は東京・北区の病院に転院し、義太夫さんは弟さんと週1回のペースで見舞いに通っていました。
孫の顔を見るとニコニコする様子を、ブログで笑いながらつづっていたこともあります。
コロナ禍では丸2年ものあいだ面会できず、病院からの報告を聞くだけの日々が続きました。
13時40分頃、実母「鈴木コヲ」が永眠いたしました。
引用元: グレート義太夫オフィシャルブログ
「死ぬ時は、長患いはしたくない」が生前の口癖だったといいます。
それでも5年間頑張ってくれたとして、「90歳。長生きしてくれたと思います」と感謝の言葉を残していました。
母から教わった節約おかずを連載で紹介することもあり、親子の距離の近さが伝わってきます。
いまは同じ場所で、また賑やかにやりとりしているのかもしれませんね。
まとめ
今回は、グレート義太夫さんの嫁との結婚と離婚、子供の有無、母コヲさんの現在や家族構成を調査しました。
- グレート義太夫さんは2002年に長年の同棲相手と結婚し、2006年に離婚しています。お相手の名前や職業は公表されていません。
- 離婚の翌年にあたる2007年から人工透析が始まり、その後は独身のままひとり暮らしを続けていました。
- 子供がいたという情報は公表されていません。孤独になりがちな暮らしを、たけし軍団の仲間が毎朝の連絡で支えていました。
- 家族構成で確認できているのは両親と弟、そして本人です。叔父は元小結の國登國生さんです。
- 父親は糖尿病がきっかけで亡くなり、その1年後にグレート義太夫さん自身も同じ病気と診断されました。
- 母の鈴木コヲさんは2017年に熱中症で救急搬送され、2022年3月に90歳で亡くなっています。
病と向き合う姿を隠さず届け続けた発信は、これからも多くの人の支えになりそうですね。

