NHK大河ドラマ『元禄繚乱』や『課長島耕作』に出演し、現在は依存症からの回復を語り続ける俳優の高知東生さん。
自叙伝と小説で自らの家庭環境を明かしてから、その生い立ちが気になる人も増えていますよね。
今回は、高知東生さんの生い立ちと実家での日々、父親が一和会の組長だった過去や母親の死因まで調査しました。
高知東生の生い立ちと実家は?
高知東生さんの生い立ちは、両親のいない家で祖母と叔父夫婦に育てられるところから始まります。
1964年12月22日に高知県高知市で生まれ、本名は大崎丈二(おおさき じょうじ)さんです。
実家では家族の輪に入れてもらえず、誕生日ケーキや豪華な食事を自分だけもらえないこともあったと語っています。
祖母からは「あんたは犬と一緒に箱に入れられて、鏡川に捨てられていて、祖父が拾ってきた」と聞かされていました。
実際には祖父は高知東生さんが生まれる前に亡くなっていて、話のつじつまは合っていません。
両親がいないと信じ込んでいたため、その言葉を素直に受け取ってしまったそうです。
生い立ちの流れを整理すると、環境が何度も大きく変わっていることがわかります。
| 時期 | 出来事 |
| 1964年 | 高知県高知市で誕生 |
| 幼少期 | 祖母と叔父夫婦のもとで育つ |
| 小学2年 | 祖母から「大切なおばさん」を紹介される |
| 小学5年 | そのおばさんが実母だと知り一緒に暮らし始める |
| 中学 | 全寮制の明徳義塾中学校へ進学 |
| 高校3年 | 母親が亡くなり17歳で天涯孤独に |
| 20歳 | 所持金6万円で上京 |
学歴は高知市立追手前小学校から明徳義塾中学校・高等学校へ進み、高校では野球部に所属しました。
小学生のころには高知市街でスカウトされ、四国電力のCMに出演した経験もあります。
母親と暮らし始めてからは、酒に酔って帰る母を待つ日々で、家庭への嫌悪感が募っていったそうです。
家から逃げ出したい一心で全寮制の学校を選んだ、と本人が振り返っています。
侠客の父と、ネグレクトの果てに自死した母。17歳で天涯孤独となった彼は、喧嘩と女に明け暮れ、全財産6万円を握りしめ上京する。
引用元: 東洋経済オンライン
「家庭」という言葉が怖かったとも語っていて、安心できる居場所を持たない少年時代でした。
平坦な道ではなかったからこそ、今の発信に重みが出ているのかもしれませんね。
高知東生の父親は一和会の組長
高知東生さんが「お父さん」として紹介された人物は、中井組組長の中井啓一さんです。
三代目山口組で最高幹部を務め、のちに一和会の最高顧問となった人物でした。
母親と暮らし始めてしばらく経った夜、たたき起こされてキャバレーに連れて行かれ、そこで対面したと明かしています。
若い衆に囲まれて座る男性を、母親から「この人がお父さんよ」と紹介されたそうです。
のちのち分かったのは、このお父さんという人は、かつて暴力団抗争で日本中を騒がせた一和会の最高顧問中井組組長の中井啓一でした。母はその愛人だったのです。
引用元: 一個人
その立場を高知東生さんが理解したのは、中学2〜3年ごろだったといいます。
母親がデパートへ出かけるときですら、スーツ姿の若い衆が何人も車でついてきたそうです。
「うちは普通じゃない」と薄々感じながらも、捨てられたくない一心で真実を確かめなかったと語っています。
本人は反社会的勢力という言葉を使わず、自身の道徳観が形づくられた世界として「任侠」と表現しています。
大人の顔色をうかがう癖が身についたのも、この時期だったようですね。
高知東生の実父は徳島の実業家
高知東生さんの実の父親は、徳島県の暴力団組織の関係者だった人物です。
母親が亡くなったあと、祖母と役所で戸籍を確認したところ、父親の欄に知らない名前が記されていました。
祖母はうろたえながら「言ってなかったけれど、これがあなたの本当のお父さん」と打ち明けたそうです。
つまり父親だと信じていた中井啓一さんは育ての父で、実父は別にいたことになります。
| 立場 | 人物 |
| 育ての父 | 中井組組長・中井啓一さん(一和会最高顧問) |
| 実の父 | 徳島県の暴力団関係者。のちに引退して実業家 |
2024年に徳島新聞のインタビューに応じた際には、「生まれは徳島で、実の父親は…」と自ら生い立ちに言及しています。
戸籍を見た直後、怒りをぶつけるつもりで祖母に実父の家へ連れて行ってもらったそうです。
大きな庭付きの家で、自分より少し年上の息子と大型犬がじゃれ合う光景を目にしました。
その姿を見た瞬間に気持ちが冷めてしまい、会わずに引き返したと語っています。
実父とはその後、芸能界に入ってから番組企画で対面が実現しました。
ただ撮影クルーが事務所で足止めされる騒動になり、その企画自体はお蔵入りになったそうです。
高知東生さんは現在、母と実父、育ての父の3人に対する恨みはもうないと話しています。
長い時間をかけて折り合いをつけてきたことが伝わってきますね。
高知東生の母親の死因とトンネル事故
高知東生さんの母親は、自ら命を絶っています。
享年41で、当時の高知東生さんは17歳でした。
車がトンネルの入り口に衝突する形だったため、長く「交通事故で亡くなった」と説明していました。
高知東生さんが自身のXで事実を公表したのは2020年7月で、母親の死から24年が経ってからです。
その投稿には16万件を超える反応が寄せられ、同じ立場の人たちから共感の声が集まりました。
亡くなった日、母親は自分で車を運転して寮を訪ね、進路をその日のうちに決めるよう迫ってきたといいます。
任侠の世界だけは絶対にいけないと言われ、就職すると答えると安堵した様子を見せたそうです。
帰り際に「ねえ丈二、私、きれいかな?」と聞かれたのが最後の会話になりました。
素直に答えられなかったことを、いまも引きずっていると語っています。
亡くなったあとには、数日で期限が切れる生命保険の証書が見つかったといいます。
母親を知る元同僚に話を聞く中で、本当は愛されていたと気づけたとも明かしていました。
その思いは小説『土竜』の一編「アロエの葉」に込められています。
高知東生さんの現在は自死遺族の一人として、同じ痛みを抱える人へ向けた発信も続けているようですね。
高知東生に兄弟はいる?
高知東生さんに一緒に育った兄弟はおらず、自身を一人っ子と語っています。
依存症の家族相談に関わる中で、兄弟姉妹から相談を受けることがあると自身のXでつづっています。
その際に「俺は一人っ子の依存症当事者だが」と前置きしていて、本人の言葉から一人っ子であることがわかります。
ただし実父の家には、自分より少し年上の息子がいたと明かしています。
血縁のうえでの兄がいることになりますが、その人物の情報は公表されていません。
幼いころは、祖母から「犬と一緒に川から流れてきた」と言われていたことをこう振り返っています。
一歩間違えば目の前の犬が兄弟だったようなものだ、と笑い話として語る場面もありました。
家族の形に恵まれなかった分、今は自助グループの仲間との繋がりを大切にしているようですね。
高知東生さんの元妻高島礼子さんの実家にも、壮絶な家族の歴史があります。
まとめ
今回は、高知東生さんの生い立ちと実家での日々、父親が一和会の組長だった過去や母親の死因、兄弟の有無まで調査しました。
- 高知東生さんは1964年12月22日生まれ、高知県高知市出身です。本名は大崎丈二さんで、幼少期は祖母と叔父夫婦に育てられました。
- 実家では家族の輪に入れず、祖母から「犬と一緒に箱で川から流れてきた」と聞かされて育ちました。
- 育ての父親は中井組組長の中井啓一さんで、三代目山口組の最高幹部を経て一和会の最高顧問を務めた人物です。母親はその愛人でした。
- 実の父親は徳島県の暴力団関係者で、のちに引退して実業家になった人物です。母親の死後に戸籍を見て初めて知りました。
- 母親は高知東生さんが17歳のときに41歳で亡くなり、死因は自死でした。長く交通事故と説明し、2020年に自ら公表しています。
- 一緒に育った兄弟はおらず本人も一人っ子と語っていますが、実父の家に年上の息子がいたことを明かしています。
封印していた過去を言葉にしたことで、同じ痛みを抱える人の支えになっている姿が印象的ですね。


