ユン・ソンヨの現在は?生い立ち・家族構成と冤罪の補償金

スポンサーリンク
ユン・ソンヨ現在 トレンド・ニュース
スポンサーリンク

韓国・華城連続殺人事件の8件目の犯人とされ、真犯人イ・チュンジェの自白をきっかけに再審で無罪となったユン・ソンヨさん。

冤罪で20年服役したあと国から受け取った補償金や賠償金、そしてユン・ソンヨさんの現在の暮らしが気になる人も多いですよね。

今回は、ユン・ソンヨさんのwikiプロフィールや年齢・顔、出身や生い立ち、小児麻痺の障害と学歴、経歴や仮釈放、職業、家族構成と結婚まで調査しました。

スポンサーリンク

ユン・ソンヨのwikiプロフィール

ユン・ソンヨさんは、1988年の華城連続殺人事件8件目の犯人として服役し、2020年に再審で無罪となった男性です。

項目内容
名前ユン・ソンヨ(윤성여)
年齢58歳(2025年10月の報道時点)
育った地域京畿道華城郡泰安邑(現・華城市)
障害3歳で小児麻痺(左脚)
学歴小学校卒業(刑務所内で検定試験に合格)
職業工場勤務、灯台奨学会の理事
結婚独身と報じられている
居住地忠清北道清州市

生年月日は公表されていませんが、報道されている年齢から1967年ごろの生まれとみられます。

2026年現在は、58〜59歳前後ということになりますね。

逮捕されたのは22歳のときで、20代から40代までを刑務所で過ごしました。

失われた時間の長さを思うと、言葉が見つかりませんね。

スポンサーリンク

ユン・ソンヨの現在は?年齢・顔と職業

ユン・ソンヨさんは現在、忠清北道清州市で暮らしながら、自動車の革シートを作る工場で働いています。

仕事は革の裁断で、日勤と夜勤を1週間ごとに交代するシフト勤務です。

2024年の報道で、この工場での勤続は14年を超えていました。

多額の補償金を受け取ったあとも働き続ける理由について、本人は「補償を受けたお金でも、失った人生は戻らない。むだに使いたくない」という趣旨を語っています。

灯台奨学会の理事として

ユン・ソンヨさんは2023年から、公益財団「灯台奨学会」の理事も務めています。

冤罪で服役した人たちと、再審専門の朴俊永(パク・ジュニョン)弁護士がともに作った財団です。

設立に必要な出資金5億ウォンは、当事者たちが国から受け取った補償金や賠償金でまかなわれました。

自分が学べなかったぶん、経済的に苦しい学生を支援したいという思いがあるそうです。

顔を公開した理由

ユン・ソンヨさんは2020年8月14日、清州市内で取材に応じ、顔と実名を公表しました。

「多くの人が自分は真犯人でないと知ったので、もう顔を隠す必要はない」と話しています。

無罪判決の日には、花束を受け取って笑う顔が大きく報じられました。

人生の後半を自分のペースで歩んでいる様子が伝わってきますね。

スポンサーリンク

ユン・ソンヨの冤罪の経歴と仮釈放

ユン・ソンヨさんは1989年7月に逮捕され、無期懲役となったのち、2009年8月に仮釈放されました。

事件は1988年9月16日、華城郡泰安邑の民家で13歳の少女が殺害されたものです。

警察は、先行する事件をまねた模倣犯だとしてユン・ソンヨさんを逮捕しました。

本人は、3日ほど眠らせてもらえず、暴行も受けて虚偽の自白をしたと語っています。

逮捕から無罪までは、次の通りです。

年月出来事
1989年7月22歳で逮捕される
1989年10月1審で無期懲役
1990年5月大法院で無期懲役が確定
2000年8月懲役20年に減刑
2009年8月模範囚として仮釈放
2019年9月イ・チュンジェが8件目も自分の犯行と自白
2019年11月再審を請求
2020年1月再審の開始が決定
2020年11月イ・チュンジェが証人として出廷
2020年12月17日再審で無罪判決

服役中は無実を訴え続け、周りから「無罪」というあだ名で呼ばれていたそうです。

歌手ハ・チュンファさんの歌「無罪」を口ずさみ続けていたのが由来とのことです。

再審では、不法な拘束や国立科学捜査研究所の鑑定書の誤りも明らかになりました。

裁判長は判決の中で、司法が人権の最後の砦の役割を果たせなかったとして謝罪しています。

再審での無罪判決に、男性は「安堵(あんど)している」「30年背負い続けた重荷をおろして、ようやく一息つける」と語った。

引用元: CNN

判決後には「今後、自分のような人が出ないでほしい」とも話していました。

30年以上抱えてきた重荷を、ようやく下ろせたのですね。

スポンサーリンク

ユン・ソンヨの補償金と賠償金は?

ユン・ソンヨさんが受け取ったのは、刑事補償金が約25億1700万ウォン、国家賠償金が約18億6900万ウォンです。

刑事補償金は2021年に、法律で認められる上限額での支給が確定しました。

最低日給の5倍にあたる1日34万3600ウォンに、拘束されていた7326日を掛けて計算されています。

国家賠償の判決

2022年11月16日、ソウル中央地裁は国に対し、ユン・ソンヨさんと家族への賠償を命じました。

裁判所は慰謝料を40億ウォンと認め、すでに受け取った刑事補償金を差し引いた額を支払うよう判断しています。

亡くなった父親の慰謝料の相続分を合わせ、ユン・ソンヨさん本人への賠償額は約18億6900万ウォンになりました。

兄弟3人にもそれぞれ1億ウォンが認められ、家族全体では約21億7000万ウォンです。

韓国法務部は控訴しないことを決め、判決はそのまま確定する流れとなりました。

一方で本人は2020年の取材で、「100億ウォンもらっても自分の人生とは取り替えられない」と語っています。

お金では埋められないものの大きさを感じますね。

スポンサーリンク

ユン・ソンヨの生い立ちと出身

ユン・ソンヨさんは、幼いころに母親を亡くし、父親とも離れて育ちました。

母親は野菜を売った帰り道に交通事故にあい、ユン・ソンヨさんが小学3年生のころに亡くなっています。

父親はソウルの4年制大学に通っていた人でしたが、ギャンブルで大きな借金を作り、行方がわからなくなりました。

華城で農機具修理工に

兄弟はばらばらになり、ユン・ソンヨさんは京畿道安城の親戚の家を経て華城へ移りました。

世話になるのを嫌い、中華料理店などで住み込みで働き、1年ほど路上生活をした時期もあったそうです。

その後、華城の農機具店の主人と知り合い、15〜16歳ごろから修理の技術を身につけました。

ようやく腕を認められ始めたころ、22歳で逮捕されたことになります。

ちなみに、真犯人イ・チュンジェは同じ地域に住んでいた3歳年上の先輩でした。

本人も「数奇な運命だ」と振り返っています。

厳しい環境で必死に生きてきた少年時代だったのですね。

真犯人イ・チュンジェの現在と生い立ちについては、こちらの記事で詳しくまとめています。

スポンサーリンク

ユン・ソンヨの学歴と小児麻痺の障害

ユン・ソンヨさんの最終学歴は小学校卒業で、刑務所の中で検定試験に合格して取得したものです。

家庭の事情で、小学3年生を終えないまま働き始めていました。

2020年の取材では、再審が終わったら中学校の検定試験に挑戦したいと話していました。

合格したかどうかは公表されていません。

3歳で小児麻痺に

ユン・ソンヨさんは3歳のとき高熱を出し、小児麻痺と診断されました。

左脚に障害が残り、右脚と比べて左のふくらはぎが明らかに細いそうです。

歩くときは体が右に傾き、左手で左脚を押さえないと前に倒れそうになると話しています。

冬は血の巡りが悪くなるため、左脚にマフラーのような布を巻いて過ごしているとのことです。

当時の警察は、そんな脚でサンダル履きのまま被害者宅の塀を越えたと結論づけていました。

刑務所でも障害をからかわれ、和式トイレを使うのに苦労したと語っています。

障害がありながら20年を耐え抜いた強さには、胸を打たれますね。

スポンサーリンク

ユン・ソンヨの家族構成と結婚

ユン・ソンヨさんは独身で、結婚したという報道はありません。

家族構成は、報道で確認できる範囲では次の通りです。

続柄内容
父親ギャンブルで借金を作り失踪、のちに死去
母親小学3年生のころ交通事故で死去
姉3歳年上、妹を連れて親戚の家へ
妹当時2歳の末っ子
兄弟本人を含めて4人兄弟

姉や妹の名前、現在の暮らしは公表されていません。

刑務所に入ってからの10年ほどは、姉とも互いの消息がわからなかったそうです。

再会したときには、姉は2児の母になっており、中学生だった妹も大人になっていました。

2019年に真犯人が判明して記者が押し寄せた際は、姉や知人の助けで1週間ほど身を隠しています。

結婚について

2020年の取材で、ユン・ソンヨさんは「結婚できる機会が来るかはわからない」と話していました。

出所後に身を寄せた施設の院長も、周りから結婚を勧められていると明かしていました。

再審で一番会いたい人を聞かれると、「小学3年生のときに亡くなった母」と答えています。

家族との穏やかな時間が、これからたくさん訪れてほしいですね。

スポンサーリンク

まとめ

今回は、ユン・ソンヨさんの現在の職業や暮らし、冤罪の経歴と仮釈放、補償金・賠償金、生い立ちや学歴、障害、家族構成まで調査しました。

  • ユン・ソンヨさんは1967年ごろ生まれとみられ、2025年10月の報道では58歳。2020年8月に顔と実名を公表しました。
  • 現在は清州市で暮らし、自動車シート工場で働きながら、2023年から灯台奨学会の理事も務めています。
  • 1989年に22歳で逮捕されて無期懲役となり、2009年8月に仮釈放。2020年12月17日に再審で無罪となりました。
  • 刑事補償金は約25億1700万ウォン、国家賠償金は本人分が約18億6900万ウォンで、国は控訴しませんでした。
  • 3歳で小児麻痺になり左脚に障害があります。学歴は刑務所で取得した小学校卒業です。
  • 母親を幼くして亡くし、父親は失踪後に死去。本人を含む4人兄弟で、結婚はしていないと報じられています。

これからの人生が、本人の望む穏やかなものであってほしいですね。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
トレンド・ニュース
タイトルとURLをコピーしました