西武ライオンズと福岡ダイエー・ソフトバンクでプレーし、2005年にベストナインを受賞した宮地克彦さん。
投手としてプロ入りしてから外野手へ転向し、長い下積みを経て主力になった歩みが印象的な選手です。
今回は、宮地克彦さんのwikiプロフィールと高校時代の学歴、経歴や成績を調査しました。
宮地克彦のwikiプロフィール
1971年8月28日生まれで、2026年9月時点の年齢は55歳です。
左投左打の外野手として知られていますが、プロ入り時のポジションは投手でした。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 宮地克彦(みやじかつひこ) |
| 生年月日 | 1971年8月28日 |
| 年齢 | 55歳 |
| 出身 | 大阪府大東市 |
| 身長・体重 | 175cm・82kg |
| 投打 | 左投左打 |
| 主な守備位置 | 外野手 |
| ドラフト | 1989年ドラフト4位 |
宮地克彦さんは、尽誠学園高校から1989年ドラフト4位で西武ライオンズへ入団しました。
NPB公式の選手ページでも、出身校は尽誠学園高校、身長・体重は175cm・82kgと記載されています。
プロ野球選手としての初出場は1994年4月10日で、NPBでの最終出場は2006年9月19日でした。
現役引退後はコーチを経て、女子硬式野球クラブチーム九州ハニーズの監督を務めています。
プロフィールからも、選手と指導者の両方で野球に長く関わってきたことが分かりますね。
宮地克彦さんの現在は、こちらの記事で詳しくまとめています。
宮地克彦の高校と学歴
宮地克彦さんの出身高校は、香川県の尽誠学園高校です。
大学には進学せず、高校卒業後に西武ライオンズへ入団しました。
尽誠学園高校時代の宮地克彦さんは、主将兼エース投手として活躍しました。
1989年には春と夏の甲子園に出場し、夏の大会ではチームを準決勝へ導いています。
準決勝では仙台育英高校の大越基投手と、延長10回に及ぶ投手戦を繰り広げました。
高校野球で見せた左腕としての能力が評価され、宮地克彦さんはドラフト指名を受けています。
| 時期 | 学歴・野球歴 |
| 高校 | 尽誠学園高校へ進学 |
| 高校3年 | 主将兼エースとして春夏の甲子園に出場 |
| 1989年 | ドラフト4位で西武ライオンズへ入団 |
尽誠学園高校には伊良部秀輝さん、佐伯貴弘さん、谷佳知さんなども在籍していました。
宮地克彦さんは投手として注目を集めた高校球児だったのですね。
宮地克彦の経歴は?
宮地克彦さんの経歴は、投手から外野手への転向と、戦力外通告からの再起が大きな転機です。
西武ライオンズには投手として入団しましたが、1993年に外野手へ転向しました。
2002年には西武で100試合に出場し、チームのリーグ優勝にも貢献しています。
2003年オフに戦力外通告を受けると、入団テストを経て福岡ダイエーホークスへ加入しました。
翌2004年には93試合で打率.310を記録し、再びレギュラー争いに加わります。
| 年 | 宮地克彦さんの主な経歴 |
| 1990年 | 西武ライオンズに投手として入団 |
| 1993年 | 外野手へ転向 |
| 2002年 | 西武で100試合に出場 |
| 2004年 | 福岡ダイエーホークスへテスト入団 |
| 2005年 | ソフトバンクでベストナイン受賞 |
| 2007年 | 富山サンダーバーズで選手兼任コーチ |
| 2008年以降 | プロ・独立リーグ・女子野球で指導 |
宮地克彦さんは2007年、富山サンダーバーズで選手兼任コーチを務めました。
その後は福岡ソフトバンクホークス、埼玉西武ライオンズ、栃木ゴールデンブレーブスでも指導に携わっています。
九州ハニーズの監督就任時には、女子野球への思いを次のように伝えていました。
その経験を生かし、福岡を拠点として女子野球を盛り上げて行きたいと思っています。
引用元: 九州ハニーズ
現役時代の苦労と再起の経験が、今の指導にもつながっているのかもしれませんね。
宮地克彦の成績と年俸
宮地克彦さんのNPB通算成績は、457試合出場、316安打、12本塁打、111打点、打率.275です。
最も充実したシーズンは、福岡ソフトバンクホークスでプレーした2005年でした。
この年は125試合に出場し、127安打、打率.311、36打点を記録しています。
規定打席に初めて到達したのも2005年で、外野手部門のベストナインに選出されました。
| 年 | 所属 | 試合 | 安打 | 本塁打 | 打率 |
| 2002年 | 西武 | 100 | 66 | 3 | .267 |
| 2004年 | 福岡ダイエー | 93 | 78 | 3 | .310 |
| 2005年 | 福岡ソフトバンク | 125 | 127 | 3 | .311 |
| 通算 | NPB | 457 | 316 | 12 | .275 |
宮地克彦さんは、プロ16年目にして規定打席へ到達した選手としても知られています。
年俸については、年度別の推定額を掲載する野球データベースがあります。
一方で、球団が公表した契約金額を一覧で確認できる資料は限られています。
成績を残した2005年が、宮地克彦さんにとって野手としての評価を確立した一年だったといえそうです。
まとめ
今回は、宮地克彦さんのwikiプロフィールと高校時代の学歴、経歴や成績を調査しました。
- 宮地克彦さんは1971年8月28日生まれの55歳で、大阪府大東市出身の元プロ野球選手です。
- 学歴は尽誠学園高校卒業で、大学には進学せず1989年ドラフト4位で西武へ入団しました。
- 高校時代は投手として春夏の甲子園に出場し、主将兼エースとして尽誠学園をけん引しました。
- 投手から外野手へ転向し、2004年にダイエーへテスト入団して再起を果たしました。
- NPB通算成績は457試合、316安打、12本塁打、111打点、打率.275です。
- 2005年は125試合で打率.311を記録し、外野手部門のベストナインに選ばれました。
現在は九州ハニーズの監督として、次世代の選手たちへ野球の魅力を伝えています。

