フリースタイルスキーのスロープスタイルとビッグエアで、北京とミラノ・コルティナの2大会に日本代表として選ばれた近藤心音さん。
23歳で現役に区切りをつけたあと、彼女を育てたスキー一家の顔ぶれが気になる人も増えていますよね。
今回は、近藤心音さんの家族構成と、父親・母親それぞれの経歴や兄弟、出身地である白馬村の実家まで調査しました。
近藤心音のwikiプロフィールと経歴
近藤心音さんは2003年2月19日生まれ、長野県白馬村出身のプロスキーヤーです。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 近藤 心音(こんどう ここね) |
| 生年月日 | 2003年2月19日 |
| 出身地 | 長野県北安曇郡白馬村 |
| 最終学歴 | NHK学園高等学校(東京都) |
| 競技 | フリースタイルスキー(スロープスタイル・ビッグエア) |
| 所属 | オリエンタルバイオ |
3歳でスキーを履き、小学5年生から本格的に競技へ打ち込んできました。
その後は世界ジュニアから五輪までを一気に駆け上がっています。
| 年 | 主な出来事 |
| 2018年 | 世界ジュニア選手権スロープスタイル3位 |
| 2021年 | 世界選手権スロープスタイル9位、ビッグエア15位 |
| 2022年 | 北京五輪代表に選出、公式練習での負傷で欠場 |
| 2025年 | W杯ストーンハム大会で自己最高の4位 |
| 2026年 | ミラノ・コルティナ五輪代表に選出、負傷で棄権 |
| 2026年 | 6月8日に現役引退を表明 |
北京五輪では公式練習の最終日に着地で失敗し、右膝の前十字靱帯断裂と半月板損傷という大けがを負いました。
10か月のリハビリを経て滑りを一から作り直し、2度目の五輪切符をつかみ取ったのが2026年でした。
2026ミラノオリンピックを最後に、約12年間の競技生活に終止符を打ち、選手を引退することを決断いたしました
引用元: 日テレNEWS
引退後はプロスキーヤーとしてライダー活動に転換し、幅広いスキー活動を続けていくと語っています。
なお引退から約2か月後には、代表チーム内でのいじめやパワハラについてインスタのストーリーズで発信しています。
その内容は近藤心音の発言と引退理由の記事でまとめました。
近藤心音の家族構成は4人家族
近藤心音さんの家族構成は、父親・母親・本人・妹の4人家族です。
| 家族 | 内容 |
| 父親 | 近藤信さん(元フリースキーヤー・コーチ) |
| 母親 | 近藤聖子さん(元モーグル選手・コーチ) |
| 本人 | 近藤心音さん(2003年生まれ) |
| 妹 | 近藤叶音さん(2009年生まれ・フリースタイルスキー選手) |
両親そろって元スキー選手という、白馬村でも珍しい競技一家です。
父は練習施設への付き添いとコーチングを担い、母は栄養面から体づくりを支えてきました。
小学5年生のとき、長野県の選手育成プログラム「SWANプロジェクト」の選抜に合格したのが転機になりました。
目標シートに「オリンピックに出る」と書いた娘に対し、父の信さんが「その目標のために練習しようか」と応じたことから、家族総がかりの競技生活が始まっています。
4人全員がスキーでつながっている家族なんですね。
近藤心音の父親と母親は元スキー選手
近藤心音さんの父親・母親はどちらも元スキー選手で、引退後は指導者として活動しています。
競技を始めた理由も、この両親の存在そのものでした。
父親は元フリースキーヤーの近藤信
父親は、日本のフリースキー第一世代として知られる近藤信(まこと)さんです。
1966年3月19日生まれ、岩手県北上市の出身です。
1993年にモーグルを始め、2年後には白馬村へ移住し、世界初のモーグル専門スクールで主任教師を務めました。
ツインチップスキーの登場とともにフリースキーへ転向し、アメリカやカナダ、ニュージーランドを中心に選手活動を展開しています。
「隊長」の愛称で呼ばれた滑り手で、国内外のスノーパーク設計にも数多く携わってきました。
現在は白馬村の青少年育成チーム「HAKUBA FREESTYLE FORCE」のヘッドコーチを務め、ヘリスキー事業を手がける会社の代表も担っています。
近藤心音さんの武器であるスイッチブレンダー1080も、この父から直接教わった技です。
母親は元モーグル選手の近藤聖子
母親は近藤聖子(きよこ)さんで、現役時代はモーグル選手として活動し、コーチも経験しています。
親子でSWANプロジェクトに通っていた時期は、父がアスリートの栄養学を学び、それを実践する料理と栄養管理を担ったのが母でした。
父が仕事で山に上がれない日は、母が代わりにコーチ役を務めていたそうです。
北京五輪で娘が欠場を決めた夜には、「一生懸命よく頑張ったね」「誇りに思ってるよ」とメッセージを送ってねぎらいました。
近藤心音さんも引退の報告で、遠くても良い環境を求めて動いてくれた両親への感謝をつづっています。
近藤心音の兄弟は妹の近藤叶音
近藤心音さんの兄弟は、6歳下の妹・近藤叶音(かのん)さんが1人です。
兄や弟がいるという情報は見当たりませんでした。
叶音さんは2009年5月8日生まれで、白馬村立白馬中学校から通信制のN高等学校へ進みました。
姉と同じスロープスタイルとビッグエアを専門にしていて、白馬村スキークラブに所属しています。
| 年 | 近藤叶音さんの主な成績 |
| 2023年 | FIS全日本選手権スロープスタイル2位、ビッグエア3位 |
| 2024年 | FIS全日本選手権スロープスタイル3位、ビッグエア3位 |
| 2024年 | FIS南米選手権コンチネンタルカップ スロープスタイル1位 |
| 2025年 | ハルビン冬季アジア大会スロープスタイル5位、ビッグエア5位 |
競技を始めたきっかけは、姉が海外の大きなジャンプ台を飛ぶ姿を見たことだったと語っています。
近藤心音さんも北京五輪の前には「次は叶音と一緒にオリンピックに出たい」と話していました。
妹・叶音の選手活動サポートも含め、指導者として次世代の育成に携わっていくことも視野に入れております
引用元: 日テレNEWS
姉妹での五輪出場という夢は、形を変えて続いていくのかもしれませんね。
近藤心音の出身と実家は白馬村
近藤心音さんの出身地は長野県北安曇郡白馬村で、実家も同じ白馬村にあります。
白馬連峰を望む雪深い土地で、幼い頃から雪山が生活の一部だった環境です。
3歳の雪上デビューより前から、父の背中におんぶされてジャンプを飛んでいたこともあったといいます。
腰にストラップをつけて父が後ろから支える形で滑り始め、滑りながら寝てしまったこともあったそうです。
白馬エリアには世界基準のハーフパイプがないため、大きなパークを備えたHAKUBA47などが主な練習場所になりました。
その結果として、スロープスタイルの滑り方が自然と身についていったという流れです。
実家の住所などの詳しい情報は公表されていません。
村としても五輪代表を送り出した地元選手として応援を続けてきた存在で、白馬村での活動は今後も続くようです。
まとめ
今回は、近藤心音さんの家族構成と、父親・母親の経歴や兄弟、出身地である白馬村の実家まで調査しました。
- 近藤心音さんの家族構成は、父親・母親・本人・妹の4人家族です。両親はどちらも元スキー選手という競技一家です。
- 父親は日本のフリースキー第一世代として知られる近藤信さんで、現在は白馬村で育成チームのヘッドコーチを務めています。
- 母親の近藤聖子さんは元モーグル選手で、栄養管理と現場のコーチングの両面から娘を支えてきました。
- 兄弟は6歳下の妹・近藤叶音さん1人です。同じスロープスタイルとビッグエアの選手として、全日本選手権や冬季アジア大会で結果を残しています。
- 出身と実家はどちらも長野県白馬村で、3歳から雪山とともに育ちました。実家の詳しい所在地は公表されていません。
- 2026年6月に現役を引退し、今後はプロスキーヤーとして活動しながら、妹のサポートや次世代の育成にも関わっていく考えを示しています。
競技の第一線からは離れましたが、家族と歩んできたスキー人生はこれからも続いていきます。
白馬から発信される新しい活動を楽しみに待ちたいですね。

