桐島聡は、半世紀近く逃走を続けていた元指名手配被疑者です。
身柄が確保されてから、勤務先や暮らしぶりが次々と明らかになりました。
この記事では、桐島容疑者が働いていた藤沢市の工務店や近隣住民の証言、その後の経過をまとめました。
桐島聡の藤沢市の工務店はどこ?
桐島容疑者の勤務していた工務店は、
藤沢市は神奈川県の東南部に位置します。
地図で見てみるとこの赤で囲ったところが藤沢市です。

横浜市と接しており、江ノ島があるので観光客も多く人口は約42万人の街です。

桐島容疑者の勤務先の工務店は藤沢市南部ということですので、入院している湘南鎌倉総合病院の南西方向付近にあると思われます。
桐島聡の工務店での勤務期間は?
桐島容疑者の工務店での勤務期間について、数十年前から住み込みで働いていたことがわかりました。
公安部の任意の事情聴取に対し、男は同県藤沢市の土木工事会社で働いていたと説明。実際に数十年前から住み込みで働いていたことが確認された。
引用元:読売新聞オンライン
近所住民の証言はこちらです。

「約20年前、会社の関係者から生い立ちがはっきり分からない不思議な人だけれど、雇うことにしたと聞いた」
少なくとも、20年くらいは藤沢市の工務店に勤務して生活をしていたことになります。
その他にも、桐島容疑者は海外に逃亡していた時期があるといわれています。
海外から帰国してから現在まで、同じ工務店で住み込みで働いていた可能性がありますね。
指名手配の容疑者が、何十年も同じ場所に留まるということに疑問も感じますが、他の場所に移動することも発見されるリスクがあります。
疑う人間が周りにいない環境を手に入れて、長年身を潜めていたようです。
桐島聡の勤務先での様子は?
病院に搬送された際は、工務店の従業員が付き添っていました。
当然ですが、勤務していた会社側は桐島容疑者について、「桐島容疑者の可能性がある人物」との認識はなかったとのことです。
勤務態度などの情報はまだわかっていませんが、20年ほど働いている勤務先のようなので、周りの人との信頼関係も築いていたと考えられます。
桐島聡の近隣住民の証言は?
桐島容疑者は、勤務先に近い、古びた木造2階建て住宅で一人暮らしをしていました。
住み込みで働いていたとの情報がありますので、会社の借り上げ社宅なのでしょう。
近所の住人の証言はこちらです。

- 言葉数は少なく、周囲と交流している様子はなかった。
- いつもニット帽に黒縁眼鏡をかけていた。

- 約1か月前、マスク姿で歩いており、声をかけると、つらそうに「体の具合が悪いんです」と話した。
- 日常的にあいさつを交わし、好印象だった。
約20年前から現在の工務店で借り上げ社宅で暮らしていたようなので、近所の住民も桐島容疑者のことをよく認識していたことがわかりました。
追記:桐島聡は入院先の病院で死亡

桐島容疑者の入院していた病院
死因は末期の胃がん。
警視庁公安部は、DNA鑑定を進めていますが、本人と確定された場合、容疑者死亡のまま書類送検する方針です。
追記:DNA型鑑定で本人と特定、書類送検・不起訴に
その後の警視庁公安部の捜査で、続報が入りました。
2024年2月2日、桐島容疑者とみられる男性のDNA型鑑定で、親族と「矛盾はない」との結果が出ました。
そして同年2月27日、警視庁公安部は死亡した男性を桐島容疑者本人と特定しました。
この特定を受けて、警察庁刑事局は同日付で指名手配を解除しています。
公安部は27日、指名手配された事件を含む5つの事件について、爆発物取締罰則違反などの疑いで容疑者死亡のまま書類送検した
出典:東京新聞デジタル
さらに2024年3月21日、東京地方検察庁は被疑者死亡のため、桐島容疑者を不起訴処分としました。
藤沢市の工務店での暮らしぶりが明らかになったところで、半世紀近くにわたった事件は区切りを迎える形になりました。
- 病気で痩せこけて80歳くらいに見えた・・・

- 共犯者の海外逃亡が関係


- 桐島容疑者から自白したから除外?
- 八田與一の懸賞金が破格過ぎる!

- 超簡単にわかりやすく解説!

