藤井聡太さんの師匠として知られ、週刊文春のエッセー連載『師匠はつらいよ』でも人気を集める将棋棋士の杉本昌隆八段。
弟子との温かいやりとりが話題になるたびに、その人柄を育てた家族や、支えている奥さんの存在が気になりますよね。
今回は、杉本昌隆さんの家族について、奥さんや子供・娘の有無、名古屋の実家まで調査しました。
杉本昌隆の家族構成は?
杉本昌隆さんの家族は、奥さんとお子さん、そして名古屋の実家のご両親です。
本人のエッセーでは奥さんの話がたびたび登場し、インタビューでは子育ての思い出も語っています。
分かっている家族の情報をまとめると、次のようになります。
| 続柄 | 分かっていること |
| 奥さん | 一般の方。誕生日が杉本さんと同じ11月13日 |
| 子供 | 2人(上が娘、下が息子)。一般の方のため名前は非公表 |
| 父親 | 杉本さんに将棋を教えた人物 |
| 母親 | 父親とともに将棋大会へ連れて行ってくれた |
| 実家 | 愛知県名古屋市 |
奥さんもお子さんも一般の方なので、名前や顔写真は公にされていません。
それでも、エッセーの端々から仲の良さが伝わってくるのが杉本さんらしいところですね。
杉本昌隆の家族・奥さんはどんな人?
杉本昌隆さんの奥さんは一般の方で、誕生日が杉本さんと同じ11月13日です。
年齢は離れているそうで、9歳年下の管理栄養士だと言われています。
名前は友美子さんだという情報もありますが、本人からの公表はありません。
誕生日が同じ奥さんとの関係は?
杉本昌隆さんと奥さんは、偶然にも同じ11月13日生まれです。
このことは、杉本さん自身が週刊文春の連載エッセーで明かしています。
「さる十一月十三日は私と妻の誕生日だった…と書くと妙に思われるかも知れない。実は私、年齢こそ離れているものの妻と誕生日が同じなのだ。これの良いところは、妻の誕生日を決して忘れないことだ」
引用元: J-CASTニュース
「誕生日を決して忘れない」というオチに、杉本さんらしいユーモアがにじんでいます。
愛妻家ぶりがさりげなく伝わる、ほほえましいエピソードですよね。
奥さんとの出会い・馴れ初めは?
杉本昌隆さんと奥さんは、スポーツ施設で出会ったと言われています。
奥さんがその施設で管理栄養士として指導をしていたのがきっかけだそうです。
将棋の研究に打ち込む棋士と、体づくりを支える栄養の専門家という組み合わせは意外ですね。
また杉本さんは2026年の連載で、名古屋のある区に特別な思い入れがあると書いています。
その区は、独身時代の奥さんが住み、のちに杉本さんも一人暮らしを始めた土地だったそうです。
約20年前の思い出を今も鮮明に覚えているというところに、奥さんへの思いの深さが表れていますね。
奥さんの職業は?
奥さんの職業は、管理栄養士だと言われています。
棋士は長時間の対局で体力も消耗するため、食事面で支えてくれる存在は心強いはずです。
勝負の世界で長く第一線に立ち続けられた裏には、奥さんの支えもあったのかもしれませんね。
杉本昌隆の家族・子供は何人?娘はいる?
杉本昌隆さんにはお子さんがいます。
子育て情報誌のインタビューでは2児の父と紹介されていて、上の娘さん・下の息子さんとの思い出の写真も公開されています。
家事や育児の9割は奥さんが担ってくれたそうですが、杉本さんもおしめ替えやミルクをあげることはしていたと、少し照れくさそうに語っています。
子供は何人?
杉本昌隆さんのお子さんは2人で、上が娘さん、下が息子さんです。
奥さんと同じく一般の方なので、名前や年齢も伏せられています。
一方で、子どもへの将棋の教え方については、これまで多くのインタビューで語っています。
地元の名古屋で杉本昌隆将棋研究室を主宰し、藤井聡太さんをはじめ多くの弟子を育ててきました。
我が子だけでなく、たくさんの子どもたちを見守ってきた「もう一人の父親」のような存在ともいえそうですね。
娘はいる?
杉本昌隆さんには娘さんがいます。
上のお子さんが娘さんで、幼いころの娘さんと一緒に写った写真もインタビューで公開されています。
実の娘さんだけでなく、室田伊緒女流三段やちなみに杉本さんの弟子には、室田伊緒女流三段や中澤沙耶女流二段など女流棋士も多く、娘のように見守っているのかもしれませんね。
杉本昌隆の実家は名古屋?両親と家族
杉本昌隆さんの実家は、愛知県名古屋市にあります。
1968年11月13日に名古屋市で生まれ、プロ入り後も名古屋を拠点に活動を続けてきました。
両親はどんな人?
杉本昌隆さんのご両親は、やりたいことを何でもやらせてくれる優しい人だったそうです。
子ども時代はウルトラマンの怪獣が好きで、ご両親はソフトビニールの人形をたくさん買ってくれたといいます。
やりたいことをやらせてくれる両親でした。うちにソフトビニールの怪獣の人形がたくさんあるんですよ。3桁あったかもしれない。今も50体ぐらい残っています。
引用元: kodomoe
将棋を覚えてからは、あちこちの将棋大会にも連れて行ってもらったそうです。
好きなことを全力で応援してくれる家庭が、棋士・杉本昌隆の原点だったのですね。
将棋を始めたきっかけは父親
杉本昌隆さんに将棋を教えたのは、お父さんです。
小学2年生のころ、トランプやオセロ、五目並べなどと一緒に教わったボードゲームの1つが将棋でした。
さらに、プロ棋士を目指すきっかけを作ったのもお父さんです。
親子で出かけた将棋大会で審判をしていたのが、のちの師匠となる板谷進九段でした。
帰宅後にお父さんから「あの人が将棋の棋士の先生だよ」と教えられ、将棋を仕事にしたいと思ったそうです。
お父さんのひと言がなければ、藤井聡太さんの師匠・杉本昌隆は誕生していなかったかもしれませんね。
若手時代は名古屋の実家で暮らしていた
杉本昌隆さんは、プロになった直後も名古屋の実家で暮らしていました。
四段になる前の18歳から21歳までは、研究相手を求めて大阪で一人暮らしをしていたそうです。
それでも名古屋に戻ったのは、師匠から「プロになったら、名古屋に帰って来いよ」と言われていたからでした。
将棋雑誌の1994年のインタビューでは、両親と柴犬と暮らす名古屋での生活を「のんびりと健全」と笑っています。
師匠との約束を守り、家族のいる地元で将棋の普及に力を注いできた姿勢は今も変わりませんね。
杉本昌隆のプロフィールと経歴
杉本昌隆さんは、1990年にプロ入りし、2019年に八段へ昇段したベテラン棋士です。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 杉本昌隆(すぎもと まさたか) |
| 生年月日 | 1968年11月13日 |
| 出身地 | 愛知県名古屋市 |
| 師匠 | 板谷進九段 |
| 棋士番号 | 197 |
| 段位 | 八段 |
| 主な弟子 | 藤井聡太さん、齊藤裕也さん、室田伊緒女流三段 |
プロ入りから現在までの主な出来事を、次の通りにまとめました。
| 年 | 主な出来事 |
| 1980年 | 6級で板谷進九段門下に |
| 1990年 | 四段に昇段しプロ入り |
| 2001年 | 第20回朝日オープン将棋選手権で準優勝 |
| 2019年 | 八段に昇段、順位戦B級2組へ昇級 |
| 2022年 | 通算600勝で将棋栄誉賞 |
著書『弟子・藤井聡太の学び方』では、第30回将棋ペンクラブ大賞(文芸部門)の大賞も受賞しています。
日本将棋連盟の理事も務めるなど、将棋界を支える立場でも活躍が続いていますね。
まとめ
今回は、杉本昌隆さんの家族について、奥さんや子供・娘、名古屋の実家まで調査しました。
- 杉本昌隆さんの家族は、一般の方の奥さんとお子さん、名古屋の実家のご両親です。
- 奥さんとは誕生日が同じ11月13日で、9歳年下の管理栄養士だと言われています。
- お子さんは2人で、上が娘さん、下が息子さんです。
- 実家は愛知県名古屋市で、将棋を教えてくれたのはお父さんでした。
- 若手時代は両親と柴犬と名古屋で暮らし、師匠との約束を守って地元に根付いてきました。
家族の支えを受けながら、これからも弟子たちを温かく見守っていく杉本さんの活躍が楽しみですね。
