パリオリンピックのレスリング女子76キロ級で、日本女子初となる最重量級の金メダルを手にした鏡優翔さん。
父・鏡師博さんの影響でレスリングを始めた彼女ですが、父が自衛隊に勤める自衛官であることや、その年齢と出身地が気になる人も多いですよね。
今回は、鏡優翔さんの父をはじめ、母親や兄など兄弟を含めた家族構成、出身と実家まで調査しました。
鏡優翔の父・鏡師博の年齢と出身地は?
鏡優翔さんの父・鏡師博(のりひろ)さんの年齢と出身地は、公表されていません。
一般の方なので、名前と職業以外の個人的な情報は表に出ていないようです。
分かっている範囲で、父・師博さんのプロフィールをまとめました。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 鏡 師博(かがみ のりひろ) |
| 職業 | 陸上自衛官 |
| 階級 | 1等陸曹(2024年時点) |
| 所属 | 第1師団 第32普通科連隊(大宮) |
| 競技歴 | レスリング経験者 |
| 年齢・出身地 | 非公表 |
娘の優翔さんは2001年生まれなので、父・師博さんは40代から50代くらいの世代かもしれませんね。
家族は優翔さんが6歳になるまで山形市で暮らしていましたが、父の出身地が山形かどうかは分かっていません。
名前が明らかになったのは、パリ五輪で家族そろって応援する姿が大きく報じられたことがきっかけでした。
鏡優翔の父は自衛隊の1等陸曹
鏡優翔さんの父・師博さんは、陸上自衛隊の1等陸曹です。
2024年の時点では、埼玉県の大宮駐屯地に拠点を置く第1師団・第32普通科連隊で勤務していると、防衛ホーム新聞で紹介されています。
五輪後には、所属する連隊の公式Xも「鏡1曹の愛娘」として金メダル獲得を祝福していました。
自衛官の父への思い
鏡優翔さんは、自衛官の父を心から誇りに思っていることを公言しています。
2026年6月には自身のXを更新して、幼いころから見てきた父の姿をつづりました。
「小さい頃に帰ってこれるかも分からない国に命懸けで行ったり、地震が起きたときは家に帰って来れない日が続いたり。それでも毎日『行ってきます』というかっこいい父の背中を見送った」と任務に励んだ父の様子を明かしながら「そんな私の自慢の父は自衛官です!」と結んだ。
引用元: 日刊スポーツ
投稿には、迷彩服姿の父が手作りの金メダルを首から掛け、幼い優翔さんがそれをくわえる写真も添えられていました。
自衛官流の育て方
父・師博さんは、防衛ホーム新聞の取材で子育てについても語っています。
大切にしてきたのは、適切な命令で行動を律し、細かく指導したあとに手放して本人の裁量に任せることだそうです。
一方で、自分の娘への指導をそのまま部隊でやれば批判されるだろうと、笑いを交えて話していました。
パリでのひまわりを使った応援も、「自衛隊のノリ」で日本人の存在感を見せたかったと明かしています。
厳しさとユーモアをあわせ持った、頼もしいお父さんのようですね。
鏡優翔の父親と母親と家族構成
鏡優翔さんの家族構成は、父・母・兄・本人の4人家族です。
パリ五輪の決勝では、家族3人がそろって黄色のTシャツ姿で客席から声援を送りました。
| 続柄 | 名前・分かっていること |
| 父 | 師博さん。陸上自衛官でレスリング経験者 |
| 母 | ひとみさん。パリ五輪を現地で応援 |
| 兄 | 隼翔さん。3歳上でレスリング経験者 |
| 本人 | 優翔さん。2001年9月14日生まれ |
家族全員が、優翔さんのレスリング人生をいちばん近くで支えてきました。
父のスパルタ特訓
鏡優翔さんが小学生のころ、父からはほぼ毎日、兄と2人で特訓メニューを課されていました。
学校から帰ると家の中に練習メニューが貼られていて、腕立てや腹筋、メディシンボールの投げ合い、組手などをこなしていたそうです。
フローリングの家でスパーリングをするので、生傷が絶えなかったといいます。
ときには兄と一緒に、父が帰る直前に水をかぶって汗をかいたように見せかけ、練習をさぼったこともあったとか。
大人になってこの話を打ち明けると、父は「そういうずる賢さも必要」と笑って受け止めたそうですよ。
母親・ひとみさんの支え
鏡優翔さんの母親の名前は、ひとみさんです。
パリ五輪では娘の好きなひまわりのアクセサリーを頭につけ、父や兄と一緒に客席を盛り上げました。
金メダルが決まったあとの取材では、「今回、胸騒ぎが全然しなかった」と落ち着いた様子で娘の勝利を喜んでいます。
幼少期の写真を報道に提供するなど、家族の思い出を大事にしているお母さんのようですね。
鏡優翔の兄弟は?兄・隼翔
鏡優翔さんの兄弟は、3歳上の兄・隼翔(はやと)さんが1人です。
兄の隼翔さんも父と同じくレスリング経験者で、優翔さんがレスリングを始めたのは父と兄の影響でした。
幼いころは父の特訓を兄妹で一緒に受け、ときには2人で知恵を出し合って厳しい日々を乗り越えています。
パリ五輪では、顔に大きく「兄」とペイントして客席から応援していました。
幼少期から一緒に練習してきた兄・隼翔さんは「あいつの何十時間、何百時間、何千時間っていうのを、レスリングを知ってるので報われた。うれしい。言葉が出ない」と笑顔で話した。
引用元: スポーツ報知
兄の職業や現在の活動は公表されていません。
同じマットで汗を流してきた兄だからこそ、妹の金メダルの重みが誰よりも分かったのでしょうね。
鏡優翔の実家は?出身は山形
鏡優翔さんの出身地は山形県山形市です。
山形市で生まれ、6歳まで市内の保育園に通いながら暮らしていました。
小学校入学と同時に家族で栃木県宇都宮市へ引っ越し、宇都宮市立雀宮南小学校でレスリングを始めています。
| 時期 | 暮らした場所・学校 |
| 誕生〜6歳 | 山形県山形市 |
| 小学校 | 栃木県宇都宮市・雀宮南小学校 |
| 中学1〜2年 | 宇都宮市立雀宮中学校 |
| 中学3年〜 | 上京しJOCエリートアカデミーへ |
| 高校 | 東京・帝京高校 |
中学3年で上京してからは、家族と離れて競技中心の生活を送ってきました。
現在の実家の場所は公表されていません。
山形市には祖母が暮らしていて、手作りの漬物やおこわを送ってくれるそうです。
本人も山形を「心も体も100%以上充電できる場所」と話しています。
パリ五輪のあとは、栃木県と山形県の両方から県民栄誉賞を贈られました。
生まれ故郷の山形と、レスリングを始めた栃木の両方が、鏡優翔さんにとって大切なふるさとなのですね。
まとめ
今回は、鏡優翔さんの父・鏡師博さんをはじめ、母親や兄を含めた家族構成、出身と実家まで調査しました。
- 鏡優翔さんの父・鏡師博さんは陸上自衛隊の1等陸曹で、レスリング経験者です。年齢と出身地は公表されていません。
- 父は2024年時点で第32普通科連隊に勤務していました。優翔さんは自衛官の父を「自慢の父」と公言しています。
- 小学生のころは、父が考えた特訓メニューをほぼ毎日こなしていました。これが金メダルの土台になったと本人も感謝しています。
- 家族構成は父・母・兄・本人の4人家族です。母親の名前はひとみさんで、パリ五輪も現地で応援しました。
- 兄弟は3歳上の兄・隼翔さんが1人で、兄もレスリング経験者です。幼いころは兄と一緒に練習していました。
- 出身は山形県山形市で、小学校入学とともに宇都宮市へ引っ越しました。現在の実家の場所は公表されていません。
家族の支えを力に変えてきた鏡優翔さんが、これからどんな景色を見せてくれるのか楽しみですね。
