2009年に大阪市此花区のパチンコ店に放火し、5人の命を奪った事件の犯人として死刑が確定した高見素直死刑囚。
2026年8月に大阪拘置所で刑が執行され、どんな人物だったのかを知りたい人も増えていますよね。
今回は、高見素直死刑囚の生い立ちと、広島の実家や学歴・経歴、家族や事件の動機まで調査しました。
高見素直のwikiプロフィールと顔画像
高見素直死刑囚は1968年1月4日生まれ、広島県広島市出身の人物です。
事件当時は41歳で、定職に就いていない無職の状態でした。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 高見 素直(たかみ すなお) |
| 生年月日 | 1968年1月4日 |
| 出身地 | 広島県広島市安佐区(現・安佐北区) |
| 事件当時の年齢 | 41歳 |
| 事件当時の職業 | 無職 |
| 罪名 | 殺人・殺人未遂・現住建造物等放火 |
| 判決 | 死刑(2016年2月23日確定) |
| 収監先 | 大阪拘置所 |
名前の読み方は「たかみ すなお」です。
素直と書いて「すなお」と読む、そのままの読みになります。
顔画像については、逮捕から公判までを伝える報道のなかで顔写真が公開されてきました。
超能力者「みひ」が嫌がらせを…高見素直死刑囚はなぜパチンコ店に火をつけ5人を殺害したのか 裁判所が完全責任能力を認めた理由 https://t.co/36x2FxUibg
— FNNプライムオンライン (@FNN_News) August 21, 2026
事件そのものは大きく報じられた一方で、人物像の情報は多くありません。
高見素直の生い立ち・実家
高見素直死刑囚が生まれたのは1968年1月4日で、実家は広島県広島市安佐区(現・安佐北区)にありました。
幼少期から広島で育っていますが、家族の職業や実家の詳しい所在地は公表されていません。
事件後の取材では、幼いころを知る人物の証言も伝えられています。
普通の人だった。おとなしい感じ。悪い感じでもない。どこにでもいそうなタイプだった。色白で中性的。おっとり、やさしく女の子に人気がありそうだった
引用元: 産経新聞
近隣住民も「こんな事件を起こすような印象ではない」と語っており、周囲から見た印象は目立たない普通の人だったようです。
一方で大阪に移り住んでからは近所付き合いがほとんどなく、人付き合いは得意ではなかったとみられています。
高見素直の学歴と職を変えた経歴
高見素直死刑囚の最終学歴は高校卒業です。
出身校の名前は公表されておらず、広島県内の工業高校を卒業したという情報もありますが、確かな裏づけは見つかりませんでした。
高校卒業後の歩みは、裁判で認定された事実として次のように整理できます。
| 時期 | 出来事 |
| 1991年ごろ | 半年にわたり覚醒剤を使用 |
| 1992年1月 | 覚せい剤取締法違反で懲役1年2月・執行猶予3年 |
| 1992年2〜4月 | 覚醒剤精神病と診断され入院治療 |
| 退院後 | 福岡県に移り溶接工として約1年勤務 |
| その後 | ダンプカーの運転手を約4年9か月 |
| 1998年 | 長距離トラックの運転手に転職 |
| 2001年5月 | 器物損壊で罰金5万円、勤務先を解雇 |
| 2001年〜 | フォークリフトやタクシー、タンクローリーなど6社を転々 |
| 2009年4月末 | 勤務先を退職し無職に |
長距離トラックの運転手時代は、2泊3日の行程を週に2、3回こなす過酷な勤務だったとされています。
その転職から1、2か月後、運転中に「みひ」と名乗る女性の幻聴が聞こえるようになったと本人は説明していました。
体調不良もこの女性による嫌がらせだと思い込み、世間への怒りへと変わっていったといいます。
2009年4月末に仕事を辞めたあとは、友人の力も借りて職を探したものの再就職はできませんでした。
高見素直の家族は?嫁と子供2人
高見素直死刑囚には、結婚していた妻と2人の子供がいました。
福岡県で働いていた時期に家庭を持ち、ダンプカーの運転手として生計を立てていた頃のことです。
妻から収入を増やしてほしいと求められたことが、長距離トラック運転手への転職のきっかけになったとされています。
しかし2001年5月に勤務先を解雇され、同年7月に離婚しました。
子供たちは離婚後に元妻が引き取ったとみられ、その後の交流についても分かっていません。
元妻と子供は一般の方で、名前や現在の暮らしぶりは非公表です。
両親や兄弟についても、公にされている情報はありませんでした。
高見素直の事件は何した?動機は
高見素直死刑囚が起こしたのは、2009年7月5日に大阪市此花区四貫島の雑居ビル1階にあったパチンコ店で発生した放火殺人事件です。
日曜日の午後4時10分ごろ、店内にガソリンをまいて火を放ちました。
店はほぼ全焼し、客と従業員あわせて4人が焼死。
約1か月後に重体だった1人が亡くなり、死者は5人になりました。
ほかに10人が重軽傷を負っています。
犯行の翌日、高見死刑囚は山口県の岩国警察署に出頭して逮捕されました。
逮捕当時は消費者金融などへの借金の返済ができず、生活に嫌気がさしたと動機を語っています。
判決で認定された動機は、より複雑なものでした。
仕事も金もない状況に追い込まれるなか、幻聴の主を放置している世間へ復讐しようと考え、無差別殺人を選んだとされています。
客が多い日曜日を狙い、ガソリンを使って確実に多くの人を殺そうとした点が、計画性の高さとして重く見られました。
精神鑑定では統合失調症と診断されましたが、逃走中の冷静な言動などから完全責任能力が認められています。
2011年10月31日に大阪地裁で死刑判決が言い渡され、2013年の控訴棄却を経て、2016年2月23日に最高裁が上告を棄却して死刑が確定しました。
公判では絞首刑が憲法の禁じる残虐な刑罰にあたるかどうかも争われましたが、いずれの審級でも合憲と判断されています。
高見素直の現在と年齢は?死刑執行
高見素直死刑囚は2026年8月21日、収監先の大阪拘置所で死刑を執行されました。
58歳でした。
執行を命じたのは平口洋法務大臣で、8月18日付で命令書に署名しています。
死刑執行は2025年6月以来で、高市内閣のもとでは初めてとなりました。
法務大臣として慎重な上にも慎重な検討を加えた上で死刑の執行を命令した
引用元: テレビ朝日
高見死刑囚は大阪拘置所に収監された死刑囚のうち、裁判員裁判で死刑判決を受けた最初の人物でもありました。
確定から執行までは約10年です。
公判を通じて遺族への謝罪の言葉はなく、被害者側の無念が晴れることはありませんでした。
まとめ
今回は、高見素直死刑囚の生い立ちと、広島の実家や学歴・経歴、家族や事件の動機、死刑執行までを調査しました。
- 高見素直死刑囚は1968年1月4日生まれで、読み方は「たかみ すなお」。実家は広島県広島市安佐区(現・安佐北区)にありました。
- 学歴は高校卒業までが判明していますが、出身校の名前は公表されていません。
- 経歴は溶接工からダンプカー、長距離トラック、タクシーなど運転の仕事が中心で、6社を転々としたあと2009年4月末に無職となりました。
- 家族は福岡時代に結婚した妻と子供2人で、2001年7月に離婚しています。元妻と子供の情報は非公表です。
- 事件は2009年7月5日、大阪市此花区のパチンコ店にガソリンをまいて放火し、5人が死亡、10人が重軽傷を負ったものです。動機は借金苦と生活の行き詰まりから世間へ復讐しようとしたものと認定されました。
- 2016年2月に死刑が確定し、2026年8月21日に大阪拘置所で執行されました。58歳でした。
17年にわたって続いた一連の司法手続きは、これで区切りを迎えたことになります。
