『海が見える家』シリーズや「サッカーボーイズ」シリーズで知られる小説家のはらだみずきさん。
群馬の山あいで自給自足に近い暮らしを送りながら執筆を続けていて、その素顔や家族のことが気になる人も増えていますよね。
今回は、はらだみずきさんのwikiプロフィールと、妻や子供・両親などの家族、群馬の移住先はどこかと移住理由まで調査しました。
はらだみずきのwikiプロフィールと経歴
はらだみずきさんは1964年に千葉県で生まれた小説家で、法政大学経済学部の出身です。
本人がインタビューで3月生まれと話しているため、2026年8月時点では62歳ということになります。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | はらだ みずき |
| 生まれ | 1964年(3月生まれ) |
| 年齢 | 62歳(2026年8月時点) |
| 出身地 | 千葉県 |
| 身長・体重 | 171cm・72kg |
| 血液型 | O型 |
| 学歴 | 法政大学経済学部卒業 |
| 職業 | 小説家・農園主 |
| 現在の拠点 | 群馬県安中市 |
ペンネームはひらがな表記ですが、性別は男性です。
大学卒業後は銀座の紙卸商社に就職し、その後は本づくりに近づきたいと出版社へ転職しています。
営業を8年、編集を2年ほど務めたのち、40代で会社を離れて小説家の道に進みました。
| 年 | 主な出来事 |
| 1964年 | 千葉県に生まれる |
| 大学卒業後 | 銀座の紙卸商社に入社 |
| その後 | 出版社に転職し営業8年・編集2年 |
| 2006年 | 『サッカーボーイズ 再会のグラウンド』でデビュー |
| 2015年 | 『波に乗る』刊行(のちに『海が見える家』に改題) |
| 2021年 | 群馬県安中市に移住し「みずき自然農園」を始める |
| 2024年 | 『山に抱かれた家』刊行 |
| 2026年 | 『山に抱かれた家 けもの道』刊行 |
新人賞を受けずにデビューした異色の経歴ながら、「サッカーボーイズ」シリーズは2019年時点で累計60万部を突破しました。
文庫の『海が見える家』は八重洲ブックセンター全店の年間文庫売上第1位にも輝いています。
現在は執筆と並行して「みずき自然農園」の農園主も務め、YouTube「はらだみずきの田舎暮らしチャンネル」でも日々の暮らしを発信中です。
会社員から作家、そして農家へと、肩書きが増え続けている人ですね。
はらだみずきの結婚は?妻と子供
はらだみずきさんは結婚していて、子供は3人います。
妻とは出版社に転職した直後に結婚したそうで、当時の妻は会社員として働いていたことを本人が語っています。
ただ、結婚したのとほぼ同じタイミングで勤め先の出版社が傾き、失業してしまったのだとか。
毎朝、妻を駅まで車で送っていた時期があったと振り返っています。
子供が3人いることは、佐倉市の公式サイトに掲載されたインタビューで語られています。
僕には家族があり、3人の子供たちはまだ小さかったけれど、会社を辞め、小説を書く道を選びました。
引用元: サクライク(佐倉市)
会社を辞めて専業作家になったのは、子供たちがまだ幼かった2000年代後半のことでした。
決まった仕事があったわけでもなく、本人も「大きな岐路だった」と表現しています。
千葉県佐倉市へ移った際には次男が転校したと話しているため、少なくとも息子が2人はいるようです。
妻や子供の名前・年齢・職業といった詳しいことは公表されていません。
家族5人でマンション暮らしをしていた時期もあり、仕事場を探していたときに義母から空き部屋を貸してもらったのが佐倉市とのご縁の始まりでした。
その後、隣の家がたまたま空き家になったため、家族そろって佐倉市に移り住んでいます。
作品の舞台選びにも、こうした暮らしの実感がそのまま生きているのが面白いですね。
はらだみずきの両親と家族はどんな人
はらだみずきさんが本づくりの道に進んだ背景には、読書好きな母親と、兄の存在があります。
母親は本が好きで、若い頃は小説家になりたかったと本人に話していたそうです。
書いたものがラジオで読まれたことがあると聞かされ、子供心にすごいことだと感じていたのだとか。
実際に母親が文芸部の冊子に書いた文章も見せてもらい、本当の話だったと知ったと語っています。
父親については、幼い頃に『ツバメ号とアマゾン号』を読み聞かせてもらっていたという話が残っています。
職業などの詳しい情報は公表されていません。
兄は大学時代にキャンパス誌の編集長を務め、卒業後はコピーライターになった人物です。
地元では「あそこの倅が小説家になった」と聞くと、みんな兄のことだと思うらしい、というエピソードも明かしています。
はらだみずきさん自身は、絵と運動が得意な外遊び中心の子供だったそうです。
中学時代に県展で特選を受けたこともあり、こうした家族の空気の中から作家が生まれたと思うと納得できますね。
はらだみずきの移住先は群馬のどこ?
はらだみずきさんの移住先は、群馬県安中市の山あいにある集落です。
上毛新聞の連載では、安中市上後閑(かみごかん)で暮らしていると紹介されています。
住まいは2021年の春に購入した畑付きの古民家で、地元の人からも「山奥」と言われる場所にあります。
| 項目 | 内容 |
| 場所 | 群馬県安中市の山間部 |
| 購入時期 | 2021年春 |
| 建物 | 築約50年の木造平屋 |
| 敷地面積 | 398坪 |
| 価格 | 200万円 |
購入したときの家は荒れ果てていて、天井にはクモの巣、台所の床は傾き、屋根裏には動物の痕跡まであったそうです。
それでも惹かれるものがあり、自分で修繕しながら住み始めました。
屋外の風呂場は自作で、中古の浴槽は5000円。
薪で沸かした湯につかりながら景色を眺めるのが日課だといいます。
この風呂をひとりで作れたときに、ここで暮らしていける自信を持ったと語っています。
庭先にはイノシシやサル、特別天然記念物のニホンカモシカまで現れる環境です。
敷地内の荒れた梅畑は「みずき自然農園」として再生させ、農薬や化学肥料に頼らない梅を産直サイト「食べチョク」にも出品しています。
都会暮らしでは味わえない毎日を送っているようですね。
はらだみずきの移住理由は?
はらだみずきさんが群馬へ移住した理由は、長年の「いつか田舎暮らしがしたい」という夢と、田舎暮らし小説を書くための実体験を得ることでした。
それは、「いつか」という夢の実現と同時に、田舎暮らし小説を書くための実体験のはじまりでした。
引用元: 小説丸(小学館)
「海が見える家」シリーズを書き終えたあと、次は山を舞台にした小説を書きたいと考えていたことが大きかったようです。
そのために選んだのが、主人公の文哉と同じく縁もゆかりもない土地でした。
移住前には「そんな田舎で果たしてやっていけるのか」という問いを自分に投げかけ、実際に試してみようと決めたと明かしています。
憧れや悠々自適な暮らしではなく、移住先でどう生き延びるのかというテーマに、書き手として正面から向き合った形ですね。
農業の経験はなく、親類に農業関係者もいない状態からのスタートでした。
それでも1年目から生産者として梅を出荷し、狩猟や養鶏、ニホンミツバチの養蜂にも取り組んでいます。
群馬の家では、熾火を見つめながら「なんでこんなところで、ひとりでこんなことをしているのだろう」と思うこともあると綴っています。
それでも「生きている感じがします」と続けるあたりに、この暮らしを選んだ手応えがにじんでいます。
移住後に生まれた『山に抱かれた家』シリーズは、2026年8月に第3作の『山に抱かれた家 けもの道』が刊行されました。
実生活の失敗も収穫もそのまま物語になっていくのが、はらだみずきさんの強みかもしれませんね。
まとめ
今回は、はらだみずきさんのwikiプロフィールと、妻や子供・両親といった家族、群馬の移住先はどこかと移住理由まで調査しました。
- はらだみずきさんは1964年3月生まれの千葉県出身で、2026年8月時点で62歳。法政大学経済学部を卒業し、商社と出版社を経て2006年に小説家デビューしました。
- 結婚しており子供は3人います。妻や子供の名前・年齢などは公表されていません。
- 母親は本好きで小説家を目指していた人、兄はコピーライターという家庭で育ちました。父親の職業は公表されていません。
- 移住先は群馬県安中市の山あいで、2021年春に200万円の畑付き古民家を購入して住み始めました。
- 移住理由は、長年抱いていた田舎暮らしの夢と、田舎暮らし小説を書くための実体験を得ることでした。
自ら畑と山に分け入って書き続ける作家が、次にどんな物語を届けてくれるのか楽しみですね。
