花巻東高校の主将でプロ注目のスラッガー・古城大翔さん。
金属バットが当たり前の高校野球で、あえて木製バットを握って打席に立つ姿が、全国の野球ファンの注目を集めています。
今回は、古城大翔さんが木製バットを選んだ背景と、その打撃の中身を調査しました。
古城大翔のwikiプロフィールと経歴
まずは古城大翔さんの基本情報から見ていきましょう。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 古城 大翔(ふるき だいと) |
| 生年月日 | 2008年6月4日 |
| 出身地 | 神奈川県横浜市 |
| 身長/体重 | 180cm/94kg |
| 投打 | 右投げ右打ち |
| ポジション | 三塁手・一塁手 |
| 経歴 | 勝田小(山田バッファローズ)→早渕中(都筑中央ボーイズ)→花巻東高 |
| 50m走/遠投 | 6秒4/120m |
| 憧れの選手 | 大谷翔平 |
| 趣味 | 歌うこと |
小学1年生のときに軟式チームで野球を始め、中学時代は都筑中央ボーイズでプレーしました。
神奈川県出身ながら岩手の名門・花巻東へ進んだという、少し変わった進路の持ち主です。
入学すると1年春からベンチ入りし、そのまま4番に定着。
花巻東で「出世番号」と呼ばれる背番号17を背負い、1年夏に甲子園デビューを飾っています。
2025年秋の新チームからは主将も任され、東北大会優勝、明治神宮大会4強とチームを引っ張ってきました。
なお、身長・体重は媒体によって182cm・95kgと紹介されることもあり、成長とともに数字が動いているようです。
1年生の頃から全国の舞台を踏み続けてきた選手なんですね。
古城大翔が木製バットを使う理由は?
高校野球では金属バットの使用が認められているのに、古城さんはあえて木製を選んでいます。
きっかけは、2024年春に導入された新基準の低反発バットでした。
花巻東の佐々木洋監督は、新しい金属バットになってから「いい角度で上がっても、打球が落下してくる」という感覚を持つようになり、長打力のある打者には木製バットの使用を勧めるようになったといいます。
チームメイトの赤間史弥さんも同じように木製を握る一人です。
古城さん自身は、もともと木製バットに興味を持っていたそうです。
実際に試してみたときの感触について、2025年春のセンバツ期間中にこう語っています。
「金属バットも『飛ばない』といった影響はなかったですけど、もともと興味のあった木製バットを使ってみたら金属より手応えを感じたというか、扱いやすくて。自分の力を伝えやすいと思っています」
引用元: Number Web
「飛ばないから仕方なく」ではなく、「自分の力が素直に伝わるから」という前向きな理由だったわけです。
木製は芯を外すと打球が伸びないぶん、しっかり体を使って振り抜く技術が磨かれるという狙いもあるようですね。
本格的に使い始めたのは1年生の冬からで、ひと冬を越えて操作性への自信を深めていったと伝えられています。
高校生が木製バットで結果を出し続けるのは簡単なことではありませんが、古城さんはそれをやってのけているのが凄いところです。
古城大翔の木製バットの飛距離がすごい
木製バットに切り替えたあと、古城さんの飛距離はむしろ増したと本人が感じているようです。
金属より芯に当たったときの手応えが大きく、はるかに飛んでいる感覚があると振り返っています。
数字にも表れていて、2025年春の時点でスイングスピードは135キロを計測しています。
同じく木製を使う赤間さんは138キロで、この2人はほぼ拮抗しています。
木製バットでこの打球速度は、高校生としてはかなりのものですよね。
2026年3月15日の甲子園練習では、その飛距離が改めて注目を浴びました。
打撃練習で3打席に立った古城さんは、1打席目にバックスクリーンまであと一歩という特大の当たりを放ち、周囲をどよめかせています。
「あそこで大きいのを打つ感覚を覚えておきたい」と、打球そのものより振り切ることを意識していたとのことでした。
プロのスカウトからも、木製バットで左中間まで運べるパワーや、スイングスピードの速さを高く評価する声が上がっています。
振り切るスイングから生まれる打球は、木製という条件を感じさせない伸びを見せているようです。
飛距離を目で確かめたくなりますね。
古城大翔の通算ホームランとこだわりの打撃
気になる高校通算本塁打ですが、2026年夏の甲子園出場時点で34本とされています。
そのうち10本は公式戦で放ったもので、しかもすべて木製バットでの数字です。
同じ花巻東の赤間史弥さんは通算47本で、この2人が今大会の出場選手で通算本塁打の上位を占めています。
数字の推移を追うと、2025年11月の明治神宮大会・崇徳戦で放った一発が通算25号でした。
0対0の6回2死、相手左腕の直球を思い切り引っぱたいた打球は左中間席へ。
均衡を破る主将の一撃に神宮球場はどよめき、SNSでも「木製バットなのエグすぎ」「飛距離エグいな」といった声が相次ぎました。
センバツを迎える頃には26本まで数字を伸ばしています。
こだわりが見えるのは、こうした一発だけではありません。
木製で振り切る打撃を続けることは、卒業後に木製バットが必須となる次のステージを見据えた選択でもあります。
当てにいく打撃に逃げず、自分に負荷をかけ続ける姿勢そのものが、古城さんらしさなのかもしれませんね。
一方で、甲子園ではまだアーチが出ていないという情報もあり、聖地での初本塁打が本人にとっても大きなテーマになっているようです。
古城大翔の現在は?父から受け継いだもの
古城さんの父は、日本ハムと巨人でプレーした元プロ野球選手の古城茂幸さんです。
1976年1月12日生まれで、中央学院高から国士舘大に進み、1997年ドラフト5位でプロ入り。
通算767試合に出場し、打率.225、9本塁打という記録を残しています。
引退後は巨人でコーチを務め、現在はハヤテでヘッドコーチ兼野手総合コーチを務めていると伝えられています。
花巻東への進学が実現した背景には、佐々木洋監督と茂幸さんが国士舘大野球部の同期だったという縁もあったそうです。
父からは小さい頃から「力を抜いていけよ」と言われ続けてきたそうで、大舞台でも気負わない構えは、その言葉に支えられているのかもしれません。
2026年は苦しいスタートでした。
センバツは智弁学園に0対4で敗れて初戦敗退。
さらに4月下旬に右足(右中足骨)を骨折し、春季県大会と東北大会を欠場しています。
それでも夏の岩手大会には4番として復帰し、16打数6安打と結果を残して、大会史上初となる4連覇に貢献しました。
優勝後には「腐っていた自分がいたんですけど、それを正してくれた仲間がいたから」と感謝を口にしています。
そして迎えた第108回全国高校野球選手権。
花巻東は大会第5日の8月9日、第1試合で新田(愛媛)と対戦することが決まりました。
組み合わせ抽選会で古城さんはこう意気込んでいます。
「春の選抜大会で悔しい思い(初戦敗退)をして、必ず夏取り返すという思いで練習してきたので、一つでも多く勝って、最終的に『岩手から日本一』という目標を達成できるようにしたいです」
引用元: 日刊スポーツ
1年夏から数えて5度目の聖地です。
2026年のドラフト候補としても名前が挙がる存在だけに、最後の夏でどんな打球を見せてくれるのか楽しみですね。
まとめ
古城大翔さんが木製バットを使う理由は、低反発バット導入後に木製を勧めた佐々木洋監督の存在と、「自分の力を伝えやすい」という本人の手応えにありました。
打球速度135キロ、甲子園練習でのバックスクリーン級の一撃など、飛距離の面でも木製のハンデを感じさせません。
高校通算本塁打は34本まで積み上がり、そのすべてが木製での数字だというのですから驚きです。
父・古城茂幸さんから受け継いだ言葉を胸に、主将として最後の夏に挑みます。
聖地での初アーチが飛び出す瞬間を、楽しみに待ちたいですね。
