メジャーリーグで歴史的な活躍を続ける大谷翔平選手。
2021年には満票でMVPを獲得し、2024年にはドジャースでワールドシリーズ制覇を達成しました。
世界中から注目される大谷選手ですが、その原点は岩手県の実家にあります。
スポーツ一家で育った環境や、両親の教育方針が現在の活躍を支えているといえるでしょう。
この記事では、大谷翔平選手の実家の場所や家族構成、両親・兄姉の情報、そして大谷家ならではのエピソードを詳しく紹介します。
大谷翔平の実家の場所は岩手県奥州市
大谷翔平選手は岩手県水沢市(現:奥州市)で生まれ育ちました。
奥州市は東を北上山地、西を奥羽山脈に挟まれた自然豊かな土地です。
現在、奥州市は「大谷翔平選手の故郷」として世界中のファンが訪れる聖地となっています。
奥州市観光物産協会は「大谷翔平ホームタウンMAP」を作成し、ゆかりの地を紹介しています。
大谷選手の母校である水沢南中学校をはじめ、少年時代に通ったバッティングセンターなど、13カ所のスポットがマップに掲載されているそうです。
ただし、大谷選手の活躍に伴い、実家の場所が大々的に報じられたこともありました。
プライバシー保護のため、現在の実家の詳しい場所は公開されていません。
地元の人々も大谷選手のプライバシーを守るため、「暗黙のルール」を設けているようです。
「大谷翔平の実家を教えて」と頼む記者は追い返す…「大谷の極秘帰省」を迎え入れる奥州市民の”暗黙のルール”

地元の方々の温かい配慮が
大谷選手の安心できる故郷を守っているようです。
大谷翔平の家族構成は5人家族
大谷翔平選手の家族構成は以下の通りです。
| 続柄 | 名前 | 年齢差 | 主な経歴・職業 |
|---|---|---|---|
| 父 | 大谷徹 | — | 元社会人野球選手・少年野球監督 |
| 母 | 大谷加代子 | — | 元バドミントン国体選手 |
| 兄 | 大谷龍太 | 7歳年上 | 社会人野球チーム監督 |
| 姉 | 結香(旧姓:大谷) | 2歳年上 | 看護師 |
| 本人 | 大谷翔平 | — | プロ野球選手 |
大谷選手は3人きょうだいの末っ子として生まれました。
父は元社会人野球選手、母は元バドミントン国体選手という、まさにスポーツ一家です。
兄の龍太さんも野球選手として活躍し、現在は監督として指導者の道を歩んでいます。
また、実家では「エース」という名前の犬も一緒に暮らしていたそうです。
大谷翔平の父親・徹さんは少年野球の監督
大谷翔平選手の父・大谷徹さんは岩手県北上市出身。
現役時代は社会人野球の三菱重工横浜で外野手としてプレーしていました。
徹さんのプロフィール
米スタンフォード大に留学した高校歴代最多140本塁打の佐々木麟太郎がドジャース戦を観戦。花巻東高の先輩、大谷翔平の12号本塁打を目撃した。
— 社会人野球のミカタ📰 (@shakaijin_base) May 15, 2024
大谷の父、徹さんは金ケ崎リトルシニア時代の佐々木の恩師。三菱重工横浜出身の徹さんは「麟太郎は中3時点で、打撃に関しては社会人クラスだった」という。 pic.twitter.com/KkMWC9hLNW
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 生年月日 | 1962年5月17日 |
| 出身地 | 岩手県北上市 |
| 現役時代の所属 | 三菱重工横浜(外野手) |
| 引退年齢 | 25歳 |
| 引退後の職業 | 自動車ボディメーカー勤務 |
野球指導者としての経歴
徹さんは引退後、家族の将来を考えて地元・岩手へ移住しました。
会社員として働きながら、少年野球の指導者としても活動を続けています。
| 時期 | チーム名 | 役職 |
|---|---|---|
| 翔平選手の少年時代 | 水沢リトルリーグ | 監督 |
| 翔平選手の中学時代 | 一関リトルシニア | コーチ |
| 2014年〜現在 | 金ケ崎リトルシニア | 監督(創設者) |
2014年には有志とともに「金ケ崎リトルシニア」を立ち上げました。
このチームからは、高校通算140本塁打で話題となった佐々木麟太郎選手も輩出しています。
「翔平には一生懸命に野球を教えてあげようかな、と。ゆくゆくは高校に上がれば硬球を使った野球になりますし、末っ子にははじめから硬式チームに入れて野球をやらせてみたいという思いがありました」
出典:東洋経済オンライン
徹さんは夜勤明けでも睡眠を削って息子の練習に付き合うなど、献身的に野球を教えていたそうです。
こうした父親の情熱が大谷選手の野球人生の土台を作ったのかもしれません。
大谷翔平の母親・加代子さんは元バドミントン国体選手
大谷翔平選手の母・大谷加代子さんは神奈川県横浜市出身。
小学校からバドミントンを始め、県立横浜立野高校時代にはインターハイに出場しています。
社会人になってからは国体にも出場し、バルセロナ五輪日本代表の陣内貴美子選手と対戦した経験もあるそうです。
中学時代には全国大会で団体準優勝に輝いた実績も持っています。

| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 出身地 | 神奈川県横浜市 |
| 出身高校 | 神奈川県立横浜立野高等学校 |
| 競技 | バドミントン |
| 主な実績 | インターハイ出場・国体出場・中学時代に全国大会団体準優勝 |
大谷選手が小学生の頃、加代子さんは焼き肉屋でパートをしていました。
しかし、大谷選手がメジャーリーグに挑戦する際にパートを辞め、息子のサポートに専念したそうです。
健康管理や精神的な支えなど、献身的にサポートしていたことが伝えられています。
大谷選手の身長193cmという恵まれた体格は、比較的高身長といわれている両親から受け継いだものかもしれません。
大谷翔平の兄・龍太さんは社会人野球チームの監督
大谷翔平選手の兄・大谷龍太さんは1988年3月20日生まれ。
翔平選手より7歳年上で、身長は187cmあります。
岩手県立前沢高校を卒業後、以下のチームで選手としてプレーしました。
大谷くんのお兄さんである大谷龍太さん(トヨタ東日本) pic.twitter.com/gmTtWDwFqb
— Savx (@tribe_sae) June 14, 2016
| 時期 | 所属チーム | 役職 |
|---|---|---|
| 2006年〜 | 水沢駒形倶楽部 | 選手 |
| 2010年〜2011年 | 高知ファイティングドッグス(四国アイランドリーグ) | 選手 |
| 2012年〜 | トヨタ自動車東日本 | 選手兼コーチ→コーチ |
| 2025年〜 | トヨタ自動車東日本 | 監督 |
2025年からはトヨタ自動車東日本硬式野球部の監督に就任しました。
2025年3月の東京スポニチ大会で公式戦デビューを果たし、初陣を勝利で飾っています。
龍太さんは2013年に結婚し、2016年には長男が誕生しています。
兄弟そろって野球界で活躍する姿は大谷家のスポーツDNAを感じさせますね。
大谷翔平の姉・結香さんは看護師
大谷翔平選手の姉・結香さんは1992年生まれ。
翔平選手より2歳年上で、身長は168cmといわれています。
学生時代はバレーボールに打ち込み、岩手県の看護専門学校を卒業後、看護師として働いていました。
2020年1月に結婚したことが報じられています。
結婚相手は、大谷翔平選手の母校・花巻東高校の野球部で部長を務める流石裕之さんです。
流石さんは結香さんより11歳年上で、交際期間は約10年といわれています。
2021年8月には長女が誕生し、大谷選手は同年10月の帰国時に初対面を果たしたそうです。
大谷翔平を育てた「野球ノート」とは
大谷翔平選手の野球の原点として知られるのが、父・徹さんとの「野球ノート」です。
小学3年生になる直前から始まり、小学5年生頃まで続けられました。
その内容は、父と息子の「野球における交換日記」のようなものでした。
毎日ではなく、大会や合宿などの節目に記録する形式だったそうです。
ノートに記された主な内容は以下の通りです。
| 記入者 | 記入内容 |
|---|---|
| 翔平選手 | 試合で良かったこと・悪かったこと・今後の目標 |
| 父・徹さん | その日の評価・アドバイス |
徹さんが大切にしていた「野球に本当に大切な3つのポイント」があります。
- 「声を出して仲間と連携を高める」
- 「全力疾走」
- 「楽しく野球をやる」
これらの言葉は野球ノートに何度も登場したそうです。
「悪かったときに次に何をすれば課題を克服できるのかを考えて行動に移すことが大切。野球ノートを始めたいちばんのきっかけは、練習における意識付けにありました」
出典:東洋経済オンライン
大谷選手が現在もメジャーで「全力疾走」を貫いているのは、この野球ノートの教えが生きているのかもしれません。
大谷家の子育てで大切にしていたこと
大谷翔平選手が世界的なプレイヤーに成長した背景には、大谷家ならではの教育方針がありました。
特徴的なのは、家族の団らんを重視した住環境です。
大谷家ではテレビがリビングに1台だけしかなく、子ども部屋に行くには必ずリビングを通る造りになっていたそうです。
そのため、子どもたちは自然とリビングに集まり、食事や勉強をともにしていました。
大谷選手は後に「実家のリビングは居心地がよかった」と語っています。
また、大谷家では以下のような対応を大切にしていたといわれています。
| 大谷家で大切にしていた対応 |
|---|
| 子どもがやりたいことを、まず認める |
| うまくいかないときは、一緒に考える |
| 「できない」ではなく「どうすればできるか」を考える |
| 親自身が挨拶や片付けを率先してやる |
| 子どもの前では夫婦喧嘩をしない |
両親は翔平選手を「叱った記憶はほとんどない」と話しています。

否定せず見守る姿勢が、大谷選手の
自信や挑戦する心を育てたのかもしれませんね。
大谷翔平の実家にまつわるエピソード
大谷翔平選手の実家には、印象的なエピソードがいくつかあります。
姉の自転車を破壊
幼少期の大谷選手は、姉・結香さんの自転車を壊してしまったことがあるそうです。
本人は反省する様子もなく、知らん顔をしていたといわれています。
真面目で礼儀正しいイメージがある大谷選手ですが、幼少期はやんちゃな一面もあったのかもしれません。
バドミントンとの出会い
野球と出会う前、大谷選手はバドミントンにも夢中だったそうです。
これは母・加代子さんの影響が大きいとされています。
加代子さんが趣味としてバドミントンを続けており、練習にもよく連れて行っていたそうです。
バドミントンで培った動体視力や反射神経が、野球にも活きているのかもしれませんね!
▽大谷翔平選手の妻・田中真美子さんの実家や家族構成についても関心が高まっています。
別記事で詳しくまとめていますので、あわせてご覧ください。
まとめ
大谷翔平選手の実家について調査した結果、以下のことがわかりました。
- 実家は岩手県奥州市にある(プライバシー保護のため詳細は非公開)
- 両親・兄・姉の5人家族で育った
- 父・徹さんは元社会人野球選手で、現在も少年野球の監督として活動中
- 母・加代子さんは元バドミントン国体選手
- 兄・龍太さんは社会人野球チームの監督
- 姉・結香さんは看護師で、花巻東高校野球部の部長と結婚
- 父との「野球ノート」や家族団らんを重視した教育が原点
スポーツ一家で育ち、温かい家庭環境の中で才能を伸ばした大谷選手。
今後の活躍にも注目です。

