シンガーソングライターの矢野顕子さんが話題です。
故・坂本龍一さんの元妻として改めて注目が集まっていますが、実は坂本龍一さん以前にも旦那がいたことをご存知でしょうか。
今回は、矢野顕子さんの旦那について、2度の結婚と離婚の詳細を調査しました。
矢野顕子のwikiプロフィール
矢野顕子さんのプロフィールをまとめました。
| 項目 | 内容 |
| 本名 | 矢野顕子 |
| 生年月日 | 1955年2月13日 |
| 年齢 | 70歳(2026年時点) |
| 出生地 | 東京都 |
| 出身地 | 青森県青森市 |
| 職業 | シンガーソングライター、ピアニスト |
| デビュー | 1976年(アルバム「JAPANESE GIRL」) |
| 学歴 | 青山学院高等部 |
| 結婚歴 | 2度 |
矢野顕子さんは、幼いころから青森市でピアノを習い始め、中学卒業後に上京して青山学院高等部へ進学しました。
高校在学中からジャズクラブなどで演奏活動を始め、ティン・パン・アレー系のセッションメンバーとして音楽の世界に足を踏み入れていきます。
「洋楽志向の多い中で、より日本的なものをめざす異色のシンガー・ソングライター」として知られる矢野顕子は、1976年に1stアルバムでデビューし、「天才少女現わる」と音楽界に衝撃を与えた。
出典:Wikipedia
その後も「春咲小紅」の大ヒットやYMOのワールドツアーへのサポート参加、世界的アーティストとのコラボレーションなど、日本音楽史に確かな足跡を残してきた方です。
1990年にはニューヨーク州へ移住し、現在もマンハッタンを活動拠点としています。
2024年にはNHK紅白歌合戦に初出場を果たし、50年以上のキャリアを持つ現在も第一線で輝き続けていますね。
矢野顕子の最初の旦那は音楽プロデューサー・矢野誠
矢野誠とはどんな人?
矢野顕子さんの最初の旦那は、音楽プロデューサー・作曲家・編曲家の矢野誠さんです。
きのうTwitterの不具合でアップできなかった矢野さん収録時写真。「ダンシン」はアルバム『Injection』からのシングルカットということで両方のジャケットを持って撮影。アルバムもこの機に何らかの形で復活させたいですねー。
— GREAT TRACKS (@tracks_great) October 3, 2019
Photo(c)Yoshiro Nagato#矢野誠#マコトハイランドバンド pic.twitter.com/8rQFSQycFX
矢野誠さんは1947年6月25日生まれの東京都出身。
桐朋学園大学音楽学部作曲科を卒業後、ニューミュージック黎明期を代表するアレンジャーとして活躍した人物です。
南沙織さんや吉田美奈子さん、ムーンライダース、井上陽水さん、奥田民生さんなど、100以上のアーティストのアレンジ・プロデュースを手がけてきた実力者として知られています。
矢野顕子さんはティン・パン・アレー系のミュージシャンとしてセッション活動をするなかで矢野誠さんと出会い、交際に発展したとされています。
音楽の才能を見出したプロデューサーと、天才的なミュージシャンとして惹かれ合った関係だったのかもしれません。
矢野誠との出会いと離婚
1974年、矢野顕子さんは19歳で矢野誠さんと結婚しています。
結婚後まもなく長男・風太さんが誕生し、矢野誠さんは矢野顕子さんのデビューアルバム「JAPANESE GIRL」(1976年)のプロデュースも担当しました。
音楽面でも夫婦として深く関わり合う関係でした。
しかし2人は1979年に離婚しています。
離婚の理由については公表されておらず、詳細は不明です。
ひとつ興味深いのが、離婚後も矢野顕子さんが「矢野」の苗字を使い続けたことです。
デビュー当時からすでに「矢野顕子」としての認知が音楽業界に広まっていたため、苗字を変えることが現実的ではなかったという事情があります。

坂本龍一さんと結婚・離婚を経た現在も、「矢野顕子」として活動を続けていますよね。
矢野顕子と坂本龍一の馴れ初め
矢野顕子さんと坂本龍一さんの出会いは、1979年から1980年にかけてのYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)のワールドツアーです。
当時、矢野顕子さんはYMOのサポートメンバーとしてツアーに参加していました。
矢野誠さんとの離婚が成立したばかりで、4歳の長男・風太さんを抱えるシングルマザーの状況でした。
そのツアーの中で、坂本龍一さんが矢野顕子さんに一目惚れしたといわれています。
ただ、坂本龍一さんはこの時点でまだ前妻との離婚が成立していない状況でした。
複雑な事情を抱えながらも2人は交際を始め、1980年5月に長女・坂本美雨さんが誕生します。
当初、2人は「挙式や入籍といった世俗的なことは必要ない」として事実婚という形を選んでいたそうです。
音楽家らしい自由な感性が、2人の関係の形にも表れていたのかもしれませんね。
矢野顕子と坂本龍一の結婚と離婚の真相
1982年、ようやく入籍
2人が正式に入籍したのは1982年のことです。
坂本龍一さんの前妻との離婚がようやく成立したことを受けて、美雨さんが2歳を迎える年に正式に夫婦となりました。
入籍後、1990年には坂本龍一さんのアメリカ進出に伴い、一家でニューヨーク州へ移住しました。
矢野顕子さんもニューヨークを活動拠点とし、世界の一流ミュージシャンたちとの共演を重ねていきます。
離婚の真相は長年の不倫
しかし、この渡米が2人の関係に大きな影を落とすことになります。
矢野顕子さんは坂本龍一さんと事務所スタッフとの不倫関係に気づいていたとされています。
何度問いただしても関係が続き、なんとその不倫相手もニューヨークに移住してきてしまったといわれています。
やがて坂本龍一さんは自宅に寄りつかなくなり、不倫相手との間に隠し子まで誕生したとも複数のメディアが報じています。
2001年ごろから離婚の話し合いが始まったとされており、正式な協議離婚の成立は2006年のことでした。
結婚から約24年、事実婚期間を含めると約26年という長い関係に、こうした形で幕が下りることになりました。
慰謝料については数億円にのぼったとも噂されています。
長年連れ添ってきたパートナーとのこのような別れは、矢野顕子さんにとってどれほど辛い経験だったでしょうか。
矢野顕子の子供・息子の風太と娘の坂本美雨
息子・風太(矢野誠との子)
矢野顕子さんの長男・風太さんは、最初の旦那・矢野誠さんとの間に生まれた子供です。
風太さんは一般人として活動されており、詳しいプロフィールは公表されていません。
ネット上ではキャビンアテンダント(CA)として働いているとの情報もありますが、公式に確認できるものではありません。
すでに結婚して子供もいるとの情報もあり、矢野顕子さんはすでにおばあちゃんになっているともいわれています。
異父妹の坂本美雨さんとも仲が良いとされており、複雑な家庭環境の中でも兄妹の絆を大切にしているようですね。
娘・坂本美雨(坂本龍一との子)
坂本龍一さんと矢野顕子さんの長女・坂本美雨さんは、1980年5月1日生まれ、46歳(2026年時点)のシンガーソングライターです。
1996年に「Sister M」名義でシングル「The Other Side of Love」をリリースし、70万枚を超える大ヒットを記録しました。
その後は本名の坂本美雨名義でも活動を続けています。
矢野顕子と坂本美雨は「矢野顕子&坂本美雨」名義でも共演を重ねており、母娘ユニットとしてソニーミュージックのオフィシャルアーティストに名を連ねている。
出典:ソニーミュージックオフィシャルサイト
母娘でステージに立つ姿は、音楽ファンにとってたまらない光景ですよね。
▽矢野顕子さんの息子・風太さんと娘・坂本美雨さんについてはこちらの記事にまとめました。
矢野顕子の現在と旦那は
現在の矢野顕子さんは、ニューヨークを拠点に精力的な音楽活動を続けています。
2006年に坂本龍一さんと離婚してから約20年が経ちますが、現時点では再婚はされていないようです。
2024年にはNHK紅白歌合戦に初出場を果たし、デビューから50年近くが経ったいまも第一線で活躍し続けています。
50年を超えてなお進化し続ける姿は、本当に尊敬しかありませんね。
坂本龍一さんは2023年3月に71歳で逝去されましたが、矢野顕子さんは元夫の音楽を深くリスペクトし続けているといわれています。
複雑な離婚を経てもなお、音楽を通じて互いを認め合っていた2人の関係は、独特の深みを持っていたのかもしれません。
まとめ
矢野顕子さんの旦那は、最初が音楽プロデューサーの矢野誠さん(1974〜1979年)、2人目がYMOの坂本龍一さん(1982〜2006年)の2人です。
坂本龍一さんとの離婚の真相は長年にわたる不倫問題で、ニューヨーク移住後も不倫相手が後を追うように現地に転居したという壮絶なエピソードが伝わっています。
2人の旦那との間には息子・風太さんと娘・坂本美雨さんという2人の子供が生まれ、美雨さんは現在も母・矢野顕子さんと音楽活動を続けています。
再婚はせず、ニューヨークで音楽活動を続ける矢野顕子さんのこれからの活躍からも目が離せませんね。

