レスリング界で輝かしい功績を残し、多くのファンを魅了する須崎優衣さん。
彼女の強さの原点には、温かい家族の存在があると言われています。
今回は、そんな須崎優衣さんを育んだ実家について詳しくご紹介します。
須崎優衣の実家はどこ?
須崎優衣さんの実家は、千葉県松戸市にあります。
松戸市は千葉県の北西部に位置し、人口は約50万人(推計人口・2026年8月1日現在)の都市です。
須崎優衣さんは2020年東京オリンピックで、レスリング女子フリースタイル50キロ級の金メダルを獲得しました。
初戦から決勝まで全4試合をテクニカルフォール勝ち、1ポイントも失わない完全優勝でした。
この功績が称えられ、2021年8月20日に地元・松戸市役所を表敬訪問し、松戸市民栄誉賞が授与されています。
家族構成は、両親と姉の4人家族です。
中学2年生の時にオリンピック委員会から声がかかり、JOCエリートアカデミーに入門しました。
このことを機に、実家のある松戸市を離れ、東京都北区で寮生活をスタートさせています。
須崎優衣の実家は松戸市六実
もう少し細かいエリアまで調べると、実家は松戸市南東部の六実(むつみ)地区周辺とみられます。
根拠は、須崎優衣さんが松戸市立六実第三小学校と松戸市立六実中学校に通っていたことです。
公立小中学校は学区制のため、当時の自宅も六実・六高台エリアにあったと考えられます。
また、レスリングを始めた松戸ジュニアレスリングクラブも松戸市内にあり、生活圏がこの一帯だったことがうかがえます。
須崎優衣の実家はどんな家?画像はある?
須崎優衣さんの実家は、公開されておらず画像は確認できませんでした。
本人のインスタグラムや各メディアのインタビュー記事にも、実家の様子が写った写真は見つかりません。
ただし、須崎優衣さんの父親が元会社社長であることは明らかになっています。
一般的な家庭と比べて、経済的に余裕があったと推測されます。
実家が豪邸である可能性も十分考えられるのではないでしょうか。
とはいえ、資産額や住宅の規模を裏づける一次情報はなく、「金持ち」という評判はネット上の推測にとどまります。
須崎優衣の実家の父親は元社長
須崎優衣さんの父親は、康弘さんといいます。

父・康弘さんは、元会社社長でレスリング経験者です。
年齢は2021年7月時点の報道で59歳とされており、2026年9月現在は64歳前後と考えられます。
父親の康弘さん(59)がコーチを務めていた松戸ジュニアレスリングクラブでレスリングを始めた。
引用元:産経新聞/2021年7月22日
現在の職業は特定できていませんが、後述する会社の代表を退いた後も、地元のジュニアクラブでの指導は続けているとみられます。
レスリング選手の経歴
康弘さんは、須崎優衣さんと同じ早稲田大学レスリング部出身です。
さらに大学卒業後はプロボクサーとして活動していた時期もあり、パラエストラ千葉ネットワークの鶴屋浩代表にボクシングの基本を指導した経歴も伝えられています
康弘氏も娘と同じ早稲田大レスリング部出身ながら、卒業後はプロボクサーとして活動していた時期がある。
引用元:Number Web/2021年8月
また、早稲田大学レスリング部OB・OG会「稲門レスリング倶楽部」の役職者も務めています。
実家のある松戸市の松戸ジュニアレスリングクラブでは25年以上コーチを務めています。
また、卒業生がオリンピック強化選手に選ばれた実績もあります。
もちろん、須崎優衣さんも小学1年生から中学1年生まで、父親のレスリング教室に通っていました。
きっかけは、房総への家族旅行で砂浜で相撲を取る娘の姿を見た康弘さんが、自分がコーチをするクラブに誘ったことだったそうです。
自宅では日頃からレスリングのビデオをよく見ていたそうです。
そんな父親について、優衣さんはこのように語っています。
「レスリングが好きで、練習が楽しかったです。父は、負けたら厳しいことを言ってきましたが、勝つことを求めながら楽しくやることを教えてくれました」
引用元:日本レスリング協会公式サイト(2016年2月14日)
父親の会社はどんな会社?
康弘さんは、株式会社デンタルネットという会社の元社長を務めていました。
会社設立のきっかけは、2000年にスポーツクラブで知り合った歯科医の勝野さんに「独立したいから手伝って欲しい」と声をかけられたことでした。
設立した会社の事業内容は、訪問歯科診療の導入サポートやコンサルティングです。
当時、康弘さんは銀行を辞めて財務コンサルティングの仕事をしていたとのことです。
設立当初は別の会社を間借りしていましたが、まもなく東京都墨田区のKFCクリエイティブスタジオというベンチャー支援施設に入居しました。
入居当初の従業員数は7、8名でしたが、約10年で105名にまで成長しています。
また、サポート拠点も全国に拡大していきました。
会社の設立は2000年8月で、求人情報では代表取締役に須崎康弘さん、資本金3850万円、従業員105名と記載されていました(出典:エン転職「株式会社デンタルネット」)。
ただし2026年9月現在、同社の公式サイトの会社概要に掲載されている代表取締役は小椋啓史さんで、資本金は5000万円、本社は東京都千代田区岩本町に移っています(出典:株式会社デンタルネット公式サイト「会社概要/アクセスマップ」)。
つまり、以前は会社ホームページに康弘さんの顔写真が掲載されていましたが、現在は代表を退き、経営は後任に引き継がれているとみられます。
会社の元社長ということは、須崎優衣さんの実家は一般家庭より経済的に余裕があったと推測できます。
レスリングに打ち込める環境が整っていたのかもしれませんね。
祖父も早稲田大学の卒業生
じつは須崎優衣さんの祖父も早稲田大学の卒業生です。
姉・麻衣さんは「祖父も早稲田大学卒で、さらに父は早稲田のレスリング部出身だったということもあって、私たち姉妹は早稲田に憧れて入学しました」と語っています(出典:早稲田大学競技スポーツセンター/2021年8月5日 https://www.waseda.jp/inst/athletic/news/2021/08/05/18793/)。
祖父の代から続く早稲田一家という家系が、実家の教育方針にも影響していたのかもしれません。
須崎優衣の実家の母親は専業主婦?
須崎優衣さんの母親は、和代さんといいます。
母・和代さんの職業は不明です。
年齢は2021年8月時点の報道で50歳とされており、2026年9月現在は55歳前後と考えられます。
優衣さんが現役選手として活動する間は、母親の手厚いサポートが不可欠と考えられます。
そのため、専業主婦として優衣さんを支えているのかもしれません(勤務の有無は公表されておらず推測です)。
ちなみに和代さんはレスリングに特別な思い入れがあったわけではなく、幼稚園の年中からピアノを8年、小学1〜4年は水泳も習わせるなど、習い事の一つとして見守っていたと語っています(出典:Number Web「金メダリストの両親は『教育論』を語りません」/2021年8月)。
こちらは、優衣さんの早稲田大学卒業式の写真です。
優衣さんが着用しているクリーム色とエンジ色の袴は、母・和代さんがかつて着ていた着物です。
素敵な親子関係が伝わってきますね。
須崎優衣の実家の姉も超美人!
須崎優衣さんの兄弟は4歳年上の姉がおり、麻衣さんといいます。
こちらは須崎優衣さんのインスタに投稿された画像ですが、フォロワーからは「え?双子?」と驚きの声が上がるほど似ているといわれています。
2025年5月にも姉妹でのお出かけ写真を投稿し、「お姉さんも美しい」「仲良し姉妹」といったコメントが集まりました(出典:日刊スポーツ/2025年5月24日)
麻衣さんの職業は、一般企業で働いていることがわかっています。
ネットではIT関連の会社ではないかと噂されていますが、根拠は見つかりませんでした。
麻衣さんも父・康弘さんと妹・優衣さんと同じ、早稲田大学レスリング部出身で、2018年にスポーツ科学部を卒業しています。
2015年の東日本学生女子選手権では優勝を果たした実績があります。
元レスリング選手の経験もあり、東京五輪の際には妹の精神面をサポートしたことで話題になりました。
東京五輪代表が絶望的になった時は、優衣さんに「私は0・1%の可能性を信じている」とLINEのメッセージで伝えたそうです。
また、コロナ禍で練習拠点が閉鎖された時には、麻衣さんが会社の休みを使って自宅前でタックルなどの打ち込みや走り込みの練習に付き合ったといいます。
姉妹でレスリング道を歩んできた、素晴らしい絆ではないでしょうか。
須崎優衣の学歴と実家を出た時期
実家とあわせて気になるのが、須崎優衣さんの学歴と、いつ松戸市を離れたのかという点です。
| 小学校 | 松戸市立六実第三小学校 |
| 中学校 | 松戸市立六実中学校(1年間)→東京都北区の中学校へ転校 |
| 高校 | 安部学院高等学校(東京都) |
| 大学 | 早稲田大学スポーツ科学部(2022年卒業) |
小学校・中学校は松戸市公式サイト、高校・大学は早稲田大学の記事で確認できます。
つまり実家で暮らしたのは中学2年生の途中までで、以降は全寮制のJOCエリートアカデミーで生活しています。
当時、父・康弘さんは「子離れできない思いもあった」として最初は反対していたそうです。
しかし担任との交換日誌に書かれた「自分の人生は自分で決めます」という言葉に背中を押され、送り出すことを決めました。
母・和代さんも「実家を出るときは心配しましたが、杞憂に終わりました」と振り返っています。
須崎優衣の松戸への帰省と思い出
13歳で実家を離れた須崎優衣さんですが、地元との縁はいまも深く続いています。
実家に帰るときは、子どもの頃から通っていた地元の寿司屋に顔を出すそうで、その地元愛の強さが伝えられています。
2024年3月には母校の松戸市立六実第三小学校を訪問し、レスリングを始めた当時の話やパリ五輪への思いを児童に語りました。
また、パリ五輪の際には松戸市が銅メダル獲得をパブリックビューイングで応援するなど、市全体で盛り上がりました。
金メダル獲得後のメッセージでも「私の原点である松戸レスリングでは基礎をはじめ、多くの事を学びました」とコメントしています。
実家のある松戸市が、いまも須崎優衣さんの「原点」であり続けているのですね。
須崎優衣の現在と最新の戦績
最後に、須崎優衣さんの現在もあわせて確認しておきましょう。
早稲田大学卒業後の2022年4月に株式会社キッツへ入社し、現在も同社所属の選手として競技を続けています。
2024年8月のパリオリンピックでは、女子50キロ級の初戦で残り10秒に逆転負けを喫し、連覇を逃しました。
それでも3位決定戦で本来の攻めるレスリングを取り戻し、銅メダルを獲得しています。
- 2025年9月 国民スポーツ大会 53キロ級で実戦復帰(準々決勝敗退)
- 2025年12月 天皇杯全日本選手権 50キロ級 優勝
- 2026年4月 アジア選手権 優勝(全4試合無失点)
- 2026年5月 明治杯全日本選抜選手権 50キロ級 優勝
戦績は所属先の特設サイトで公開されています(出典:株式会社キッツ「須﨑優衣選手特設応援サイト」/2026年9月閲覧 https://www.kitz.co.jp/susaki/)。
2026年5月の明治杯優勝により、秋の愛知・名古屋アジア競技大会(9月30日〜10月3日)と世界選手権(カザフスタン/10月24日〜11月1日)の代表入りを決めました。
減量苦から53キロ級への転向も検討されていましたが、「私の階級」という50キロ級で再起を果たし、2028年ロサンゼルスオリンピックでの金メダル奪還を目標に掲げています。
まとめ
- 実家の場所は千葉県松戸市(学区から六実エリアと推測)
- 父・康弘さんは元会社社長でレスリング経験者(元プロボクサー)
- 母・和代さんはおそらく専業主婦
- 姉・麻衣さんは優衣さんそっくりの美人で元レスリング選手
- 実家を離れたのは中学2年生、現在も帰省時は地元の寿司屋へ
今回の調査で、須崎優衣さんの実家が千葉県松戸市にあり、家族の絆が彼女の活躍を支えてきたことが明らかになりました。
父のレスリング経験、母のサポート、そして姉との深い結びつきが、須崎優衣さんの強さの源泉となっているのでしょう。
2028年ロサンゼルスオリンピックでの金メダル奪還に向けて、今後のさらなる活躍も期待されます。
