横浜市会の磯子区選挙区から選ばれ続け、通算12期を重ねている太田正孝さん。
市長のパワーハラスメント問題を市会で追及する姿が注目され、何者なのか気になる人も増えていますよね。
今回は、太田正孝さんのwikiプロフィールと横浜市議としての経歴・学歴、豪邸と言われる暮らしぶりや家族構成まで調査しました。
太田正孝は何者?wikiプロフィール
太田正孝さんは、横浜市会議員を12期務める政治家であり、不動産会社や社会福祉法人を率いる実業家でもあります。
1945年11月11日生まれで、2026年8月時点の年齢は80歳です。
生まれも育ちも横浜市磯子区で、市議としての選挙区もずっと磯子区という、生粋の地元政治家ですね。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 太田 正孝(おおた まさたか) |
| 生年月日 | 1945年11月11日 |
| 年齢 | 80歳 |
| 出身地 | 神奈川県横浜市磯子区 |
| 職業 | 横浜市会議員(12期)・実業家 |
| 選挙区 | 磯子区選挙区 |
| 所属 | 無所属(自民無所属連合) |
| 主な肩書き | 株式会社大福建設不動産社長/社会福祉法人みどりのその理事長 |
議員としての顔と、福祉事業を担う経営者としての顔を併せ持っている点が、太田正孝さんの大きな特徴です。
太田氏は現在12期目で、社会福祉法人の理事長も務めている。
引用元: 毎日新聞
2005年には自治功労によって藍綬褒章を受章し、法務省の人権擁護委員も歴任してきました。
政策面ではカジノを含むIR誘致への反対や減税、動物愛護などを掲げてきた議員として知られていますね。
太田正孝の学歴は定時制高校と中央大学
太田正孝さんの学歴は、神奈川県立希望ヶ丘高等学校の定時制課程を卒業後、中央大学法学部の通信教育課程に進み中退という経歴です。
高校を昼間に通う道は選べず、働きながら学ぶ生活を続けてきました。
1961年には日本鋼管鶴見造船所の養成校に入学し、その後は倉庫業や町工場の職工、遊園地のジェットコースター係、喫茶店のバーテンダーなど、さまざまな職を経験しています。
1964年に神奈川県庁へ入り、勤めながら1966年に定時制高校を卒業しました。
こうした歩みの背景には、決して楽ではなかった生家の事情があります。
3畳一間に5人が暮らす貧しい家庭で育った。
引用元: 神奈川新聞(カナロコ)
働きながら学び続けた10代・20代が、いまの太田正孝さんの土台になっているようですね。
太田正孝の経歴と横浜市議12期の歩み
太田正孝さんの経歴は、神奈川県庁の職員から市議へ転身し、2度の落選を経て初当選をつかんだところから本格的に始まります。
県では臨時職員として働いたのち、初級・中級試験の両方に合格して県税事務所に採用されました。
政治を志したきっかけは、政治家の一声で学校給食が始まった自治体があるという新聞記事だったと語っています。
| 年 | 主な出来事 |
| 1964年 | 神奈川県庁に入庁 |
| 1971年 | 県庁を退職し横浜市議選に立候補、落選 |
| 1975年 | 2度目の市議選挑戦も落選 |
| 1979年 | 新自由クラブ公認で磯子区から初当選 |
| 2001年 | 市議を辞職し参院選神奈川県選挙区に立候補、落選 |
| 2003年 | 横浜市議選で返り咲き |
| 2018年 | 立憲民主党に入党 |
| 2021年 | 離党し横浜市長選に立候補、7位で落選 |
| 2023年 | 市議選で当選し12期目 |
所属も新自由クラブから横浜自由クラブ、自由党、立憲民主党と移り、現在は無所属です。
2021年の横浜市長選では8人が争う混戦のなかで3万9802票を獲得しましたが、当選には届きませんでした。
市議を辞職しての挑戦だったため一度は議席を失い、2023年の統一地方選で7743票を集めて議会に戻っています。
40年以上にわたって同じ区から支持を受け続けてきた点は、なかなか真似のできない実績ですね。
太田正孝の豪邸と経営する会社は?
太田正孝さんの自宅は「豪邸」としてたびたび話題にのぼりますが、間取りや価格といった詳細は公表されていません。
インタビューでは、天気の良い日に自宅の庭でモーニングを楽しむのが息抜きだと語っており、庭のある住まいであることはうかがえます。
暮らしぶりが注目される理由のひとつが、議員以外に複数の事業を手がけてきた経歴です。
| 事業 | 内容 |
| 株式会社大福建設不動産 | 磯子区を地盤とする不動産・建設会社の社長 |
| 社会福祉法人みどりのその | グループホームや就労支援施設を運営する理事長 |
| 阿部倉温泉 湯ノ沢旅館 | 2011年に横須賀市の温泉を買収し再生に取り組む |
| 氷取沢ファミリー牧場 | 2000年開園のアルパカ牧場、2016年5月に閉園 |
氷取沢ファミリー牧場は年間5000人以上が訪れる人気施設でしたが、隣接する障害者援護施設の利用者への配慮から閉園を決めています。
閉園を伝えた取材では「障害者を二の次にするわけにはいかない」と、苦渋の決断だったことを明かしていました。
不動産業と福祉事業を長く手がけてきた実業家という点が、豪邸のイメージにつながっているのかもしれませんね。
太田正孝の家族構成は?妻と子供2人
太田正孝さんの家族構成は、妻と子供2人で、現在は台湾出身の妻と2人暮らしをしています。
子供2人はすでに独立しており、名前や職業といった情報は公表されていません。
生家については3畳一間に5人で暮らしていたと語られており、幼い頃は決して恵まれた環境ではなかったようです。
その困窮の経験が、障害者福祉や社会的弱者のための政治に力を注ぐ原点になっていると本人も繰り返し語っています。
12期目を迎えるにあたっても、障害者福祉と磯子の自然を守ることを取り組みたいテーマに挙げていました。
家族については多くを語らないタイプの政治家のようですね。
まとめ
今回は、太田正孝さんが何者なのかというwikiプロフィールと、横浜市議としての経歴や学歴、豪邸と言われる暮らしぶり、家族構成まで調査しました。
- 太田正孝さんは1945年11月11日生まれ、横浜市磯子区出身の80歳。横浜市会議員を12期務める無所属の政治家です。
- 学歴は神奈川県立希望ヶ丘高等学校の定時制課程を卒業後、中央大学法学部通信教育課程に進み中退しています。
- 経歴は神奈川県庁職員から転身し、2度の落選を経て1979年に初当選。2021年の横浜市長選では落選し、2023年に議席へ戻りました。
- 大福建設不動産の社長や社会福祉法人みどりのその理事長を務め、温泉旅館やアルパカ牧場の経営も手がけてきました。
- 自宅は豪邸と言われていますが詳細は公表されておらず、庭でモーニングを楽しむ時間を息抜きにしていると語っています。
- 家族構成は妻と子供2人で、子供は独立し、現在は台湾出身の妻と2人で暮らしています。
3畳一間から始まった歩みを重ねてきたベテラン議員が、これからどんな形で地元に向き合っていくのか注目ですね。
