2025年3月14日、東京・霞が関で起きた「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏襲撃事件で、宮西詩音被告が逮捕されました。
その後起訴され、2026年10月9日には東京地裁で懲役9年の実刑判決が言い渡されています。
公判では生い立ちの一部も伝えられ、あらためて素性に注目が集まっています。
今回は、宮西詩音被告の生い立ちと自宅・家族について調査しました。
あわせて、初公判から判決までの裁判の流れもまとめています。
- 宮西詩音被告の生い立ちは?
- 自宅の家族との関係性や人物像について
- 初公判から懲役9年の判決までの裁判の流れ
宮西詩音の生い立ち

宮西詩音被告の生い立ちについては、現時点で公式に確認された情報が非常に限られています。
しかし、警視庁の発表や報道から、いくつかの事実が明らかになっています。
宮西被告は1995年頃に生まれたと推測されます。
事件発生時に30歳だったことから、この年に生まれたと考えられます。
出身地は東京都杉並区とされています。
杉並区は東京23区の西部に位置し、閑静な住宅街として知られる地域です。
幼少期から青年期にかけての具体的な情報は明らかになっていません。
学校生活や友人関係、趣味や特技などの詳細は不明です。
成人後の職歴についても、現時点では「職業不詳」とされています。
これは、宮西被告が定職に就いていなかった可能性を示唆しています。
事件発生時、宮西被告は30歳でした。
この年齢までの生い立ちや社会的な活動については、まだ明らかになっていません。
その後の経過についても、事件発生から日が経つ中で明らかになった事実があります。
NHK党・立花孝志氏襲撃の宮西詩音被告 殺人未遂と銃刀法違反の罪で起訴…単独犯の見通し(2025年4月4日起訴)
出典:東スポWEB
2025年4月4日、宮西被告は殺人未遂と銃刀法違反の罪で起訴されました。
共犯者の可能性についても捜査が行われましたが、単独犯という結論に至ったと報じられています。
宮西詩音の公判で語られた生い立ち【2026年10月追記】
ここまでは報道が少なく不明な点が多かったのですが、2026年10月の公判の報道で、生い立ちの一部が伝えられました。
東スポWEBなどの報道によると、宮西被告は32歳の無職で、1歳のときに両親が離婚しています。
通っていた小学校が学級崩壊した後はフリースクールに通い、通信制大学を卒業したと伝えられています。
宮西被告の生い立ちをまとめると、次のようになります。
| 1歳 | 両親が離婚 |
| 小学校 | 学級崩壊の後、フリースクールに通う |
| 大学 | 通信制大学を卒業 |
| 犯行前の約6年間 | ほとんど人との交流がなかった |
先ほど触れた「職業不詳」の背景には、こうした長い期間の孤立した生活があったとみられます。
ご家族については名前や現在の様子などが報じられておらず、一般の方でもあるため、ここでは触れません。
宮西詩音の自宅はどこ?
宮西被告の自宅に関する情報も、現時点では限られています。
警視庁の発表では「住所不詳」とされていますが、一部の報道では東京都杉並区に居住していると伝えられています。
杉並区は、比較的裕福な家庭が多い地域として知られています。
緑豊かな環境や良好な教育施設が整っており、子育て世帯にも人気があります。
しかし一方で、昔ながらの古いアパートや庶民的な価格の商店も数多くあり、低所得者や単身者でも暮らしやすい地域と言えるでしょう。
しかし、宮西被告が現在も杉並区に居住しているかどうかは不明です。
「住所不詳」という情報もあることから、固定の住所を持っていない可能性も考えられます。
自宅の具体的な場所や、どのような環境で生活していたかについては、現時点で確かな情報がありません。
今後の報道で明らかになる可能性があります。
▽宮西詩音のfacebookやSNSに犯行声明はなかったのか、調べてみました。
宮西詩音の家族構成は?
宮西被告の家族構成についても、公式に確認された情報はほとんどありません。
「住所不詳」という点から、家族と同居していない可能性が考えられます。
両親や兄弟姉妹の有無、家族関係の詳細は明らかになっていません。
もし、宮西被告の出生地も杉並区だったとしたら、幼少期は家族と共に過ごした可能性はあります。
結婚歴や子どもの有無についても、現時点では情報がありません。
30歳という年齢を考えると、独身である可能性が高いと推測されます。
家族との関係性や、成育環境が宮西被告に与えた影響については、今後の報道で明らかになる可能性があります。
現時点では、家族構成や関係性について確実なことは言えません。
宮西詩音の人物像は?一体どんな人間性なのか
宮西被告の人物像を完全に把握することは難しいですが、事件の内容や供述から、いくつかの特徴が浮かび上がってきます。
まず、政治に対する強い関心や批判的な姿勢が見られます。
立花孝志氏を標的にしたことから、政治家や政治活動に対して何らかの不満や怒りを抱いていたと考えられます。
供述内容から、宮西被告は自身の行動を正当化しようとする傾向があると推測されます。
「他の議員を自殺に追い込むようなやつだからやった」という発言は、自らの行為を正当化しようとする心理を示しています。
計画性も見られます。
ナタを持参し、支援者を装って接近したことから、ある程度の準備をして犯行に及んだと考えられます。
社会性や対人関係については不明な点が多いです。
SNSアカウントが見つかっていないことから、デジタル社会との関わりが薄い可能性があります。
精神状態や思想背景については、専門家による詳細な分析が必要です。
現時点では、強い怒りや不満を抱えていたことは推測されますが、具体的な動機や背景は明らかになっていません。
宮西被告の人物像は、今後の捜査や裁判過程で徐々に明らかになっていくと考えられます。
現時点では、断片的な情報から推測される範囲にとどまります。
▽宮西詩音の大学は?交友関係も調べてみました。
宮西詩音の裁判は?初公判から判決(懲役9年)まで
宮西被告の初公判は、2026年10月2日に東京地裁で開かれました。
裁判員裁判で、宮西被告は起訴内容について「全て認めます」と述べています。
起訴状によると、2025年3月14日に東京都千代田区の歩道で、街頭演説に訪れていた立花氏の頭部付近になたを振り下ろし、約3週間のけがを負わせたとされています。
10月7日の公判では、検察側が懲役12年を求刑し、弁護側は懲役5年が相当と主張しました。
そして2026年10月9日、東京地裁は、宮西被告に懲役9年(求刑懲役12年)の実刑判決を言い渡しました。
まとめ
今回は、宮西詩音被告の生い立ちと自宅・家族、裁判の流れについて調査しました。
- 2026年10月の公判で、1歳のときに両親が離婚したこと、小学校の学級崩壊後にフリースクールへ通ったこと、通信制大学を卒業したことが伝えられました。
- 犯行前の約6年間は、ほとんど人との交流がなかったと報じられています。
- 自宅は東京都杉並区に居住していたと伝えられていますが、詳しい場所は確認できていません。家族については、一般の方でもあるため触れていません。
- 2026年10月2日の初公判で起訴内容を認め、10月7日に検察側が懲役12年を求刑しました(弁護側は懲役5年が相当と主張)。
- 10月9日、東京地裁は懲役9年の実刑判決を言い渡しました。
事件の背景や動機については、今後も新たな報道が出る可能性があります。新しい情報が確認でき次第、追記していきます。


