背泳ぎでインターハイ入賞を果たし、国民体育大会にも北海道代表として出場した元競泳選手の阿部星架さん。
小学生時代はアーティスティックスイミングにも打ち込んでいた選手で、水泳一色だったその歩みが気になる人も増えていますよね。
今回は、阿部星架さんのwikiプロフィールとあわせて、高校・大学の学歴や競泳選手としての経歴、家族構成や小樽の実家まで調査しました。
阿部星架のwikiプロフィールと出身
阿部星架さんは1998年11月30日生まれ、北海道小樽市出身の元競泳選手です。
読み方は「あべ せいか」で、身長は170cmと公表されています。
現在は「新セリナ」という活動名で知られていて、過去には青木桃・朝日芹奈・堤セリナといった名義でも活動してきました。
| 項目 | 内容 |
| 本名 | 阿部 星架(あべ せいか) |
| 生年月日 | 1998年11月30日 |
| 年齢 | 27歳 |
| 出身地 | 北海道小樽市 |
| 身長 | 170cm |
| 活動名 | 新セリナ(旧・青木桃/朝日芹奈/堤セリナ) |
| 元競技 | 競泳(背泳ぎ)/アーティスティックスイミング |
出身地の小樽市は、幼少期に水泳を始めた場所でもあります。
海外向けの活動では「Momo Sakura」という名義も使われてきました。
名義の変遷が多いため、水泳選手時代の記録を追うときは本名の阿部星架で探すほうが早いかもしれませんね。
阿部星架の学歴は?高校と大学
阿部星架さんの学歴は、小樽市内の小中学校から札幌大谷高等学校を経て、山梨学院大学へ進んでいます。
小学校から大学まで、一貫して水泳と並走した学校生活でした。
| 時期 | 学校 |
| 小学校 | 小樽市立幸小学校 |
| 中学校 | 小樽市立長橋中学校 |
| 高校 | 札幌大谷高等学校 |
| 大学 | 山梨学院大学 |
高校からは札幌、大学からは山梨へと、競技環境を求めて生活の場も移っていきました。
小学校と中学校は小樽市内
中学校は小樽市立長橋中学校で、日本水泳連盟の代表選手名簿にも「小樽長橋中学校」として名前が掲載されています。
所属クラブは小樽サンフィッシュスポーツクラブで、中学3年時にはジュニアブロックのシンガポール遠征メンバーに選ばれました。
小学校は小樽市立幸小学校とされています。
高校は札幌大谷高等学校
高校は音楽科や体育系の部活動でも知られる札幌大谷高等学校で、水泳部に所属していました。
高校2年の2015年には、インターハイ(全国高等学校総合体育大会)の女子100m背泳ぎ決勝で1分03秒17を記録し、6位に入賞しています。
札幌大谷高等学校ではインターハイに出場した。山梨学院大学に進学も怪我で競技生活から事実上の引退。
引用元: Wikipedia
大学は山梨学院大学
大学は山梨学院大学で、2017年4月に入学して水泳部へ進みました。
学部については現代ビジネス学部だという情報があります。
大学在学中も北海道代表として国体に出場し続けていましたが、2020年ごろにけがで競技生活から事実上引退しています。
小樽から札幌、そして山梨へと続いた学歴は、そのまま競技者としての歩みとも重なっていますね。
阿部星架とアーティスティックスイミング
阿部星架さんがアーティスティックスイミングに取り組んでいたのは、主に小学生から中学1年ごろまでの時期です。
3歳から水泳を習い始め、当時はシンクロナイズドスイミングと呼ばれていた競技に力を入れていました。
3歳から水泳を習い始め、小学生時代は主にアーティスティックスイミングに力を入れる。授業が終わるとまた練習の日々を続け、ジュニアオリンピック出場。
引用元: Wikipedia
小樽のクラブで基礎を積み、小学校高学年で札幌のクラブへ移ったと言われています。
中学1年の2011年にはアジアエージ選手権の代表候補にも名前が挙がったようです。
その後は競泳一本に絞り、得意種目の背泳ぎで全国大会を目指す道を選びました。
競技を2つ並行させていた時期があるというのは、水泳好きにはうらやましい経歴かもしれませんね。
阿部星架の経歴は?競泳から芸能へ
阿部星架さんの経歴は、背泳ぎの選手として全国大会と国体で戦った競泳時代と、引退後の芸能活動に大きく分かれます。
得意種目は100mと200mの背泳ぎで、高校1年から大学3年まで毎年のように全国の舞台に立っていました。
| 年 | 主な出来事・実績 |
| 2013年 | 全国中学校水泳競技大会に出場(100m・200m背泳ぎ) |
| 2014年 | ジュニアブロックのシンガポール遠征メンバーに選出 |
| 2014年 | 国体少年女子B100m背泳ぎ決勝で5位 |
| 2015年 | インターハイ女子100m背泳ぎ決勝で6位 |
| 2017年 | 山梨学院大学へ進学し水泳部に所属 |
| 2018年 | 国体成年女子100m背泳ぎに北海道代表で出場 |
| 2020年ごろ | けがにより競技生活から事実上引退 |
国体には2017年から3年連続で北海道代表として出場したと言われています。
引退後はミスコンテストやオーディションに挑戦し、MISS GRAND JAPAN 2020ではファイナリストに選ばれました。
MISS NADESHIKO NIPPON 2020では北海道代表を務めたという情報もあります。
2021年からは芸能活動を始め、複数の名義を経て「新セリナ」として活動してきました。
競泳から芸能へと転じた経歴は、かなり振れ幅の大きいものだったようですね。
阿部星架の家族構成と実家は小樽?
阿部星架さんの家族構成は公表されていません。
父親や母親の名前や職業、兄弟の有無についても明らかにされていないようです。
実家があるのは出身地の北海道小樽市で、小学校から中学校まで市内の学校に通っていました。
3歳から水泳を続け、小学生の段階で競泳とアーティスティックスイミングの二本立てだったことを考えると、送迎や遠征を支える家庭のサポートは相当な負担だったと考えられます。
中学時代には、練習費や遠征費を支えるための後援の取り組みが地元で立ち上がったという情報もあります。
高校進学と同時に札幌、大学進学で山梨へ移っているため、実家を離れた生活は10代半ばから始まっていたようです。
家族のことは表に出ていませんが、小樽で育った時間が競技人生の土台になったのは間違いなさそうですね。
まとめ
今回は、阿部星架さんのwikiプロフィールとあわせて、アーティスティックスイミング時代の歩みや高校・大学の学歴、競泳選手としての経歴、家族構成と実家まで調査しました。
- 阿部星架さんは1998年11月30日生まれ、北海道小樽市出身の元競泳選手です。身長170cmで、現在は「新セリナ」の活動名で知られています。
- 3歳から水泳を始め、小学生時代は主にアーティスティックスイミングに取り組み、中学1年ごろに競泳へ絞りました。
- 学歴は小樽市立長橋中学校から札幌大谷高等学校を経て、2017年に山梨学院大学へ進学しています。小学校は小樽市立幸小学校とされています。
- 経歴は背泳ぎが中心で、2014年の国体少年女子Bで5位、2015年のインターハイ女子100m背泳ぎで6位に入賞しました。
- 大学在学中も北海道代表として国体に出場し、2020年ごろにけがで競技生活から事実上引退しています。
- 家族構成は公表されておらず、父親や母親、兄弟についての情報も明らかにされていません。実家は出身地の小樽市です。
17年近くプールで積み上げた実績は、名義が変わっても記録として残り続けます。
今後どのような形で歩みを進めていくのか、静かに見守りたいところですね。
