本木雅弘さんは、旧ジャニーズ事務所「シブがき隊」の元メンバーで、現在は映画俳優として第一線で活躍する実力派です。
内田也哉子さんと結婚して婿養子となった一方、代々続く農家という実家のルーツや家族のエピソードが気になる方も多いのではないでしょうか。
この記事では、本木雅弘さんの実家の場所・家族構成・実家にまつわるエピソードをまとめました。
- 本木雅弘さんの実家はどこ?
- 本木雅弘さんの実家はどんな家?画像はある?
- 父親・母親はどんな人?
- 兄弟はいる?
- 実家のエピソード
本木雅弘の実家は桶川市
本木雅弘さんの実家がある場所は、埼玉県桶川市です。
桶川市は、埼玉県の中東部に位置する人口約7万人の都市です。
JR高崎線で大宮駅まで約15分、東京駅まで約50分と都内へのアクセスが良く、住みやすい街としてファミリー層に人気の地域です。
家族構成は両親、兄、弟の5人家族です。
本木雅弘さんは、19歳で初めて1人暮らしをするまで、実家がある桶川市で過ごしました。
本木雅弘の実家は16代続く米農家
本木雅弘さんの実家は、16代続く米農家です。
2026年4月放送のTBS系『人生最高レストラン』に出演した際、「もともとは埼玉県の農家の出身なので、基本的にはそういう新鮮な、みずみずしいものを多く頂いていた」と自身の食の原点を語りました。
実家が埼玉県で代々続く農家であることを明かし、自身の食生活や料理へのこだわりについて語った。
引用元:オリコンニュース
武家を経て、16代続く米農家で一帯の地主でもあって、家には長屋門(武家屋敷や裕福な農家にある門)があるそうです。
長屋門の豆知識: 長屋門は、江戸時代において家格を表すものとして、上級武士や屋敷の許可を得た庄屋などの豪農層にのみ建てることが許されていたものです。
また、本木雅弘さんの実家には敷地の中に何百年前からの先祖代々のお墓があるそうです。
どれほど広大な敷地かが伝わってきますね。
2019年に本木雅弘さんの実家の長屋門の前で、息子のUTAさんと撮った写真が「サントリー天然水 GREEN TEA」の広告として起用されました。

本木雅弘さんは、息子との写真を記念の1枚になったと話していました。
なお、UTAさんは2026年1月のパリ・メンズファッションウィークで2年半ぶりにパリコレに復帰し、2026年7月にはNetflixドラマ「ガス人間」で俳優デビューも予定。父子共演のCMも話題になるなど、親子での活躍が注目されています。
▽本木雅弘さんの息子UTAさんについては、こちらの記事で詳しくまとめました。
先祖は鴻巣七騎の武士
本木雅弘さんの祖先は、鴻巣七騎(こうのすしちき)の本木某(なにがし)さんといわれています。
鴻巣七騎とは: 戦国時代に現在の埼玉県にあった岩付(岩槻)太田氏に仕えていた武士集団です。
本木某さんは、埼玉県桶川市加納出身で、加納城の城主と推定され、帰農したといわれています。
桶川市の公式資料にも「勘太夫」の屋号を伝える本木家が下加納村の名主を勤めた記録が残されており、鴻巣七騎の由緒を持つ本木家が加納城に関わっていたことが記されています。

本木某さんは、埼玉県桶川市加納出身で、加納城の城主と推定され、帰農したといわれているので、本木雅弘さんの先祖かもしれませんね。
本木雅弘の実家の家族構成
父親は米農家の14代目(当時)
本木雅弘さんの父親は、本木昭さんといいます。
父・昭さんは、当時米農家の14代目として家業を守ってきました(現在は兄が15代目を継承し、16代目の世代へと引き継がれています)。
本木雅弘さんが、2009年に「桶川市栄誉賞」を贈呈された時に、父親から短い手紙を貰いました。
「無口な父親から『最高の幸せをありがとう』と短い手紙をもらいました」と告白。「いい親孝行ができました」と胸を張って喜んでいた。
引用元:映画.com
普段は無口でも、本当は息子想いの優しい父親であることが伝わるエピソードですね。
母親は米農家の手伝い
本木雅弘さんの母親は、本木さき子さんといいます。
母・さき子さんも、父親と一緒に米農家をしていると考えられます。
さき子さんは、芸能リポーターのあべかすみさんの母親と仲が良いそうです。
— あべかすみ (@Kasumindayo) January 3, 2021
モッくんのお母さんとウチのお母さんは、町内旅行を一緒に行っているの。モッくんってご実家は大農家なの。すっごい大きくて、お金もたくさん持っていらっしゃるんです。お母様、着ているものはそんなに着飾ったりしないんだけど、着けている宝石は高価なものだったらしいです
引用元:ABEMA TIMES
本木雅弘さんの母親は、お金持ちを自慢する人ではないのですね。
質素な装いの中にさりげなく良いものを身につける、農家の女性らしい堅実さが垣間見えます。
また義母の樹木希林さんの密葬の日に、「内田家に入って良かった」と話したと也哉子さんが明かしています。
お義母さん、密葬の日にも母の居間で、つぶやくように言ったの。「しみじみと思っているのよ。最初は寂しかったけど、雅弘が也哉ちゃんたちの内田家に入ってよかった。本当にありがとう」って
引用元:文春オンライン
息子の幸せな姿を見て、安心したのかもしれませんね。
2026年6月には本木さんがUTAさんのInstagramで也哉子さん・子供たち全員との家族5ショットを公開しました。
その温かな家族の絆は母・さき子さんの想いに応えるものとなっています。
兄が米農家を継いでいる
本木雅弘さんの兄弟は兄と弟がいます。
兄の職業は、家業を継ぎ米農家の15代目です。
2026年現在の情報では「16代続く農家」と紹介されていることから、次の世代への継承も視野に入っている可能性があります。
兄は、結婚して実家に暮らしていることを妻の也哉子さんが話しています。
本木さんは3人の男兄弟で。長男はもう結婚して子どももいて、実家に暮らしてた
引用元:weeksdays
本木雅弘さんが結婚した時には、兄はすでに結婚して米農家を継いでいたのですね。
本木雅弘さんが婿養子として内田家に入ることができたのも、兄が家業を守ってくれていたからこそといえます。
また本木雅弘さんの弟について調べましたが、情報が見つかりませんでした。一般人のため非公表なのかもしれません。
本木雅弘の実家のエピソード
本木雅弘さんの実家のエピソードをご紹介します。
まつげを切り落とした
本木雅弘さんは、幼稚園の時にまつげを切り落としました。
初めて自分の顔について意識したのは幼稚園の時。「勇敢なおまわりさんになりたい」と思っていたが、先生に「雅弘ちゃんは、まつげが長くて女の子みたいね」と言われ、仰天。可愛さは無用と、母の裁ちばさみを持ち出し、まつげを切り落とした。
引用元:スポニチ
可愛いのではなく、かっこよくなりたかったのですね。
幼少期からの美意識の高さは、現在の俳優としての存在感につながっているのかもしれません。
「どこか別の世界に行ってみたい」少年時代の夢
埼玉の大農家で育った本木雅弘さんは、少年時代に「どこか別の世界に行ってみたい」と夢見ていたといいます。
その夢は、シブがき隊でのアイドルデビュー、俳優としての数々の受賞、映画『おくりびと』でのアカデミー賞外国語映画賞獲得、そして2026年のカンヌ国際映画祭への登壇と、想像を超える形で実現しました。
まとめ
本木雅弘さんの実家について調査したところ、以下のことがわかりました。
- 本木雅弘さんの実家の場所は、埼玉県桶川市
- 実家は16代続く米農家で、先祖は戦国時代の武士・鴻巣七騎の本木氏
- 父親の昭さんは、米農家の14代目(当時)
- 母親のさき子さんは、米農家の手伝いをしながら堅実に家庭を守った
- 兄弟は兄と弟で、兄が米農家の15代目を継承
- 敷地内に長屋門と先祖代々のお墓があり、地主としての歴史を持つ
60歳になった今もなお、主演映画『黒牢城』のカンヌ上映、還暦記念フォトブック『awai 刹那と永遠のまにまに』の発売、ダンヒルのパリコレ出演など、理想を求め続ける本木雅弘さんの活躍をこれからも応援しています。

