宝塚歌劇団で月組・星組のトップ娘役を務め、映画『武士の一分』で日本アカデミー賞優秀主演女優賞に輝いた檀れいさん。
華やかな姿とは裏腹に、父親をめぐる文春の報道や『オーラの泉』での霊視もあり、その生い立ちや実家は金持ちなのか気になる人も多いですよね。
今回は、檀れいさんの生い立ちについて、母親の介護や兄弟を含む家族、学歴まで調査しました。
檀れいの生い立ちは?出身地と幼少期
檀れいさんは1971年8月4日、兵庫県美方郡温泉町(現在の新温泉町)で生まれました。
本名は山崎まゆみさんで、芸名の「檀」は本名と同じ読みを持つ樹木のマユミが由来です。
日本海側の小さな温泉町で生まれ、高校卒業まで地元で過ごしています。
| 項目 | 内容 |
| 本名 | 山崎まゆみ(やまざき まゆみ) |
| 生年月日 | 1971年8月4日 |
| 出身地 | 兵庫県美方郡温泉町(現・新温泉町) |
| 出身高校 | 兵庫県立浜坂高等学校 |
| 宝塚入団 | 1992年(78期生) |
人前に立つ仕事に興味を持ったきっかけは、幼稚園の学芸会で褒められたことでした。
ただ、子どもの頃の檀れいさんはかなりの人見知りで恥ずかしがり屋だったと本人が振り返っています。
友達とピンク・レディーの歌まねをするときは、いつもケイちゃん役だったそうです。
ミュージカル映画を観てワクワクするような女の子で、小学校の卒業文集には、自分の才能を生かせる仕事に就きたいという夢をつづっていました。

恥ずかしがり屋だった女の子が、のちにトップ娘役になるなんて胸が熱くなりますね。
檀れいの生い立ちと学歴|浜坂高校から宝塚
檀れいさんの学歴は、地元の温泉町立温泉中学校から兵庫県立浜坂高等学校へ進み、卒業後に宝塚音楽学校へ入学しています。
高校時代にはファッション雑誌の読者モデルも経験しました。
地元の中学・高校を出て、宝塚の道へ進んでいます。
| 時期 | 学歴・経歴 |
| 中学校 | 温泉町立温泉中学校 |
| 高校 | 兵庫県立浜坂高等学校(在学中に読者モデル) |
| 1990年 | 宝塚音楽学校に入学 |
| 1992年 | 宝塚歌劇団に78期生として入団 |
進路を考えたとき、選択肢はいくつもあったそうです。
その中で宝塚を選んだのは、学校があって寮もあるという点が決め手だったと本人が明かしています。
そこからは必死に歌やダンスの特訓を重ねて、音楽学校の合格をつかみました。
入団後は1993年に月組へ配属され、1999年に月組のトップ娘役に就任しています。
2003年には星組のトップ娘役となり、中国公演では「楊貴妃の再来」と称されるほどの評判を呼びました。
2005年の『長崎しぐれ坂』を最後に退団し、翌2006年の『武士の一分』で映画デビューを果たしています。
地方の温泉町から宝塚のトップまで駆け上がった努力には、頭が下がりますね。
檀れいの生い立ちと家族は?両親と兄弟
檀れいさんは子どもの頃に両親が離婚しており、母親を何より大切にしてきました。
子どもの頃に両親が離婚した檀にとって、母親はかけがえのない存在なのだろう。離婚後、檀は実家に戻り、母親や家族を支えながら一緒に暮らしている。
引用元: NEWSポストセブン
ここでいう「離婚後」は、檀れいさん自身の離婚のあとを指しています。
家族の顔ぶれをまとめると、次のようになります。
| 家族 | 内容 |
| 実父 | 子どもの頃に母親と離婚 |
| 母親 | 現在は都内の実家で檀れいさんと同居 |
| 継父 | 2004年ごろに交通事故で亡くなったと言われる |
| 妹 | 2人いると言われる |
| 元夫 | 及川光博さん(2011年結婚・2018年離婚) |
実の父親とは離れて暮らし、母親との結びつきがとても強い家族です。
兄弟は妹がいる?
檀れいさんには妹がいると言われており、2人という情報もあります。
両親が離婚したときには、母親や妹と一緒に家を出たとも言われています。
妹さんたちは芸能活動をしていない一般の方で、名前や職業は明かされていません。
宝塚を退団したあとは、母親と妹たちを東京に呼び寄せて暮らしを支えたと言われています。
結婚と子供は?
檀れいさんは2011年7月27日に、歌手で俳優の及川光博さんと結婚しました。
2人が出会ったのは、2009年秋に共演したドラマ『相棒』だったそうです。
その後、2018年11月28日に離婚を発表しています。
2人の間に子供はいません。
離婚の理由については、互いに仕事に集中するあまり時間的にも精神的にもゆとりが持てなくなった、と説明していました。
檀れいの父親は?文春とオーラの泉
檀れいさんの実の父親は、両親の離婚後に疎遠になり、絶縁状態が続いていると言われています。
父親の名前や職業は公表されていません。
実父は宝塚入りに反対していた?
実の父親は、檀れいさんの芸能界入りに反対していたと言われています。
宝塚音楽学校の受験をめぐって意見がぶつかり、父と娘の関係は悪くなったという話もあります。
その後、両親の離婚を経て、父親とは連絡を取らない状態になったようです。
父親をめぐる文春の報道とは?
週刊文春は2008年1月24日号で、地元の同級生などへの取材をもとに父親は存命だと報じたと言われています。
父親をめぐってこうした報道が出たのには、テレビ番組で語られた「亡くなった父親」の話が関係していました。
番組では父親が亡くなっているような流れで話が進んだため、実父の存命を伝える記事が注目を集めたのです。
オーラの泉で語られた父親の話
檀れいさんは2006年12月20日放送の『国分太一・美輪明宏・江原啓之のオーラの泉』に出演しています。
この中で江原啓之さんが、檀れいさんを見守る父親の存在について霊視を語ったと言われています。
檀れいさんの母親は離婚後に再婚しており、その継父は2004年ごろに交通事故で亡くなったそうです。

実のお父さんと育ての親、2人の父親がいたと思うと複雑な気持ちになりますね。
檀れいの母親は?介護と同居の今
檀れいさんの母親は、夢を一番近くで応援してきた存在で、現在は都内の実家で一緒に暮らしています。
宝塚受験を支えた母親
宝塚音楽学校を目指すと決めたとき、応援してくれたのは母親だったと言われています。
受験にはバレエや声楽のレッスンが欠かせず、母親は鳥取県の教室への送り迎えも引き受けたそうです。
家族の支えがあってこその挑戦でした。
子どもの頃には、表情について母親から「もうちょっと普通に笑いなさい」と言われたこともあったと本人が明かしています。
厳しくも温かく見守ってきた母親の姿が目に浮かびますね。
母親の介護で実家に同居
檀れいさんは2018年の離婚直後から、ひとり暮らしをしていた母親を支えるために都内の実家へ戻りました。
離婚直後から檀さんは都内の実家に戻っているそうです。70代のお母さんは今、ひとり暮らしのため、身の回りの世話をサポートするためだとか。
引用元: 女性自身
母親のこれからの介護については、月組時代のパートナーだった真琴つばささんに相談していると報じられました。
苦労した時代を一緒に過ごした先輩だからこそ、本音を話せる相手のようです。
2026年3月には所属事務所を退所しており、周囲に負担をかけず、自分の責任で仕事と家族に向き合いたいという考えがあるようです。
母親と過ごす時間を大切にしたいという、檀れいさんらしい決断かもしれませんね。
檀れいの実家は金持ち?場所はどこ?
檀れいさんの実家が金持ちだったと裏づける情報は見つかりませんでした。
むしろ両親の離婚後は、家計が苦しい時期もあったと言われています。
それでも実家が金持ちと言われるのには、いくつか理由があります。
1つは、宝塚音楽学校は2年間の学費に寮生活の費用も加わり、経済的な余裕がないと目指せないと思われがちな点です。
さらに、実父が会社役員だったという説や、母親が再婚後に移った京都の家が立派な戸建てだったという話も広まっています。
実家の場所は、生まれ育ったのが兵庫県新温泉町です。
両親の離婚後、母親は再婚して京都に移り住んだと言われています。
現在の実家は都内にあり、檀れいさんが母親と一緒に暮らしています。
宝塚時代から、檀れいさんは自分の収入で家族を支えたこともあったと言われています。
上品な佇まいから想像される「お嬢様育ち」とは違い、自分の力で家族を守ってきたのですね。

家族を支えながらトップ娘役まで上りつめたなんて、本当にたくましい方ですね。
まとめ
今回は、檀れいさんの生い立ちについて、父親・母親・兄弟などの家族や学歴、実家が金持ちなのかまで調査しました。
- 檀れいさんは1971年に兵庫県温泉町(現・新温泉町)で生まれ、本名は山崎まゆみさんです。
- 学歴は温泉中学校から浜坂高校へ進み、1990年に宝塚音楽学校へ入学しました。
- 子どもの頃に両親が離婚しており、妹が2人いると言われています。
- 実父とは絶縁状態と言われ、文春の報道や『オーラの泉』の霊視で父親の存在が注目されました。
- 2018年の離婚後は都内の実家に戻り、母親を支えながら一緒に暮らしています。
- 実家が金持ちだったという裏づけはなく、宝塚時代から家族を支えてきたと言われています。
母親との時間を大切にしながら、これからも舞台や映像で活躍する姿を楽しみにしたいですね。
