小田原ふるさと大使を務め、「あばよ!」の決めゼリフと十八番の『ひとり甲子園』でおなじみの俳優・タレント、柳沢慎吾さん。
地元の実家が八百屋だったことを番組で語るたび、厳しかった父親や母親、兄弟の存在まで気になる人も多いですよね。
今回は、柳沢慎吾さんの実家の八百屋・柳澤商店と、4歳上の姉を含む家族構成や父親・母親について調査しました。
柳沢慎吾の実家は八百屋?柳澤商店
柳沢慎吾さんの実家は、神奈川県小田原市で青果業を営んでいた柳澤商店です。
いわゆる町の八百屋さんで、両親が店に立って野菜を売っていました。
まずは本人のプロフィールから見てみると、次の通りになります。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 柳沢 慎吾(やなぎさわ しんご) |
| 生年月日 | 1962年3月6日 |
| 年齢 | 64歳 |
| 出身地 | 神奈川県小田原市 |
| 身長 | 167cm |
| 血液型 | AB型 |
| 事務所 | ハート・レイ |
地元の小田原市立白鴎中学校、私立立花学園松田高等学校を卒業しています。
高校時代までを小田原の実家で過ごしました。
実家の店についてわかっていることをまとめると、こうなります。
| 項目 | 内容 |
| 店名 | 柳澤商店 |
| 業種 | 青果業(八百屋) |
| 場所 | 神奈川県小田原市東町 |
| 経営 | 両親が自営業として営んでいた |
| 現在 | 父親の引退にともない営業を終えている |
八百屋のほかに駄菓子も置いていたという話もありますが、確かな裏づけは見つかりませんでした。
実家の名前は、今も別の形で残っています。
2025年10月に開設された柳沢慎吾さんのオフィシャルファンクラブは、名前が「栁澤商店」なんです。
野菜を売っていた店の看板が、そのままファンの集う場所の名前になっているのは素敵ですね。
柳沢慎吾の実家の父親・文男さん
柳沢慎吾さんの父親は文男さんで、80代半ばまで現役で八百屋を続けていました。
2011年に日野自動車の小型トラック『日野デュトロ』のCMで息子と初共演した際は81歳でした。
CMでは、実家の八百屋『柳澤商店』を訪れた柳沢が、父親に同車をすすめ「いい夢見ろよ」と十八番のフレーズで呼びかける。
引用元: ORICON NEWS
このCMには姉も登場し、家族そろっての出演となりました。
柳沢慎吾さんは「芸歴31年目にして、ようやく父に『肉体的にも精神的にも大変な仕事なんだな』と理解してもらえた」と振り返っています。
撮影では緊張してNGを連発し、父親から「もっと肩の力抜けよ」と逆に指導されたそうです。
父親の人柄について、本人は「典型的な昭和の親父」と表現しています。
いたずらをすれば叩かれ、ご飯を残せば「食え~っ」と怒られる厳しさだったとのこと。
一方で客商売をしていたため、お客さんには「奥さん、大根ね。はい。また来てね、ありがとう!」と愛想よく接していたそうです。
しつけの中で繰り返し言われたのは、嘘をつくな、人に後ろ指をさされることはするな、常に「ありがとう」の気持ちを持てという3つでした。
学生時代に素人番組へ出た柳沢慎吾さんの芸能界入りには、この父親が大反対したと伝えられています。
反抗して一人暮らしを始めたのも、そのころのことです。
柳沢の父・文男さんは現在93歳だが、病気一つせず健康診断も問題なしという健康ぶり。80代半ばまで現役で八百屋を営んでいたのが元気の秘訣だそう。
引用元: テレ朝POST
2023年には94歳を迎え、平日はデイケアに通っていると語っています。
電話をすると「慎吾さん、どうもどうも。元気ですか?」と敬語で話すようになったそうで、「変わるもんだね、人って」としみじみ話していました。
厳しかった父親との距離が年月とともに変わっていくのは、どこの家庭にも通じる話かもしれませんね。
柳沢慎吾の実家の母親はどんな人?
柳沢慎吾さんの母親の名前は公表されていません。
父親とともに八百屋を切り盛りしてきた、実家の土台になっていた存在です。
年齢については、2023年の対談で「87歳になる母親」と本人が語っています。
三菱UFJ信託銀行のCM出演が決まったときは、とても喜んでくれたそうです。
「三菱UFJ信託銀行みたいな信用があるところで、中井さんと真田さんと共演なんてすごいじゃない。あんた、しっかり頑張りなさいよ」という言葉をかけられたと明かしています。
母親の印象的な登場場面は、高校3年生の三者面談です。
柳沢慎吾さんが希望した就職先をすべて先生に否定され、「ご実家継いで自営業にしましょうよ」とすすめられました。
それでも芸能界に入りたいと食い下がると、通信簿の成績を理由にまた反対されます。
そこで母親も「すいません。だから諦めな、うち継ごう」と息子に伝えたそうです。
つまり一度は、八百屋を継ぐ道が現実的な進路として家族の間に上がっていたわけです。
その後ドラマのオーディションに合格し、19歳で「翔んだシリーズ」の主役に抜擢されました。
実家の空気については、本人が「明るいよ!」と断言しています。
両親ともよくしゃべるため、家に帰ると自分が一番大人しいほうになるとのこと。
朝起きたら近所の知らない人が食卓でご飯を食べていて、自分で「もう一杯!」と言わないとご飯がなくなっていたというエピソードまで残っています。
あのマシンガントークの原点が実家の食卓にあったと知ると、妙に納得してしまいますね。
柳沢慎吾の兄弟は姉1人・実家の家族構成
柳沢慎吾さんの兄弟は4歳年上の姉が1人だけで、実家の家族構成は両親と姉を含む4人家族です。
弟や妹がいるという情報は出ていません。
家族の内訳をまとめると、次のようになります。
| 続柄 | 内容 |
| 父親 | 文男さん。80代半ばまで柳澤商店で八百屋を営む |
| 母親 | 名前は非公表。父親とともに店を支えた |
| 姉 | 裕子さん。4歳年上 |
| 本人 | 1962年生まれの長男 |
父親と母親が店に出ている家で、姉と弟が育った形です。
地元の商店街の中で、顔なじみに囲まれながら過ごした子供時代だったようです。
柳沢慎吾さんの実家では、相続についても親のほうから話を持ち出したと語られています。
「残す財産はきれいに整理しておこう、話し合いをしておこう」という提案だったそうです。
八百屋という家業を通して、家族で腹を割って話す習慣が根づいていたのかもしれませんね。
実家を離れたあとの柳沢慎吾さんの結婚については、柳沢慎吾さんの妻は誰なのかをまとめた記事もあります。
柳沢慎吾の姉・裕子は実家の理解者
柳沢慎吾さんの姉・裕子さんは、弟の苦労時代を唯一知る存在として知られています。
芸能界に入って壁にぶつかり自信をなくすと、柳沢慎吾さんは裕子さんに泣きながら電話していたそうです。
さらに、芸能界入りをめぐって仲たがいしていた父と弟の間に入り、関係を取り持っていたことも明らかになっています。
この事実を本人が初めて知ったのは『徹子の部屋』の収録でした。
姉の失敗話を披露している最中に裕子さんがサプライズ登場し、驚いた柳沢慎吾さんは口が開いたままになったと伝えられています。
弟へのエールをつづった手紙を裕子さんが読み上げると、2人そろって涙を流しました。
番組では姉弟の関係が正面から取り上げられた回になりました。
姉のエピソードとして語られる定番は、門限を破った夜の場面です。
深夜に帰宅した裕子さんが厳格な父親に見つからないよう、はしごを使って2階の窓から入ろうとしたという話です。
おしゃべりなのも姉のほうだそうで、小田原でのロケ中は「裕子さん!」といろいろな場所から声をかけられるほど地元で知られているとのこと。
実家に帰ると自分が一番静かになるというのも、こうした家族が相手だからこそでしょうね。
まとめ
今回は、柳沢慎吾さんの実家の八百屋・柳澤商店と、父親と母親、兄弟や姉を含む家族構成を調査しました。
- 柳沢慎吾さんの実家は、神奈川県小田原市東町で青果業を営んでいた柳澤商店です。
- 父親は文男さんで、80代半ばまで現役の八百屋として店に立ち続けました。2023年には94歳を迎えています。
- 母親の名前は公表されていませんが、2023年時点で87歳と本人が語っています。父親とともに店を支えてきました。
- 高校3年の三者面談では、母親から「うち継ごう」と八百屋を継ぐようすすめられていました。
- 兄弟は4歳年上の姉・裕子さん1人で、家族構成は両親と姉を含む4人家族です。
- 姉は芸能界入りで対立した父と弟の間を取り持ち、苦労時代を支え続けた存在でした。
八百屋の看板を掲げた「栁澤商店」の名前をファンクラブに受け継いで、これからどんな形で笑わせてくれるのか楽しみですね。

