武井壮の生い立ちが壮絶!兄の死因と父親・一家離散の家族構成

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陸上十種競技の元日本チャンピオンで、「百獣の王」を名乗るタレントの武井壮さん

明るいキャラクターの裏側にある少年時代が語られるたび、その壮絶さに驚く声が広がっていますよね。

今回は、武井壮さんの壮絶な生い立ちと、一家離散に至った父親との関係、24歳で亡くなった兄の死因、実家の家族構成までを調査しました。

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武井壮の生い立ちが壮絶な理由

武井壮さんの生い立ちが壮絶と言われるのは、小学生のうちに両親が家からいなくなり、2歳上の兄と2人で自活せざるを得なくなったからです。

項目内容
名前武井 壮(たけい そう)
生年月日1973年5月6日
出身地東京都葛飾区お花茶屋
身長・体重175cm・69kg
学歴修徳中学校・高等学校→神戸学院大学法学部→中央学院大学
肩書き百獣の王、陸上十種競技 元日本チャンピオン
所属SPECIALIST JAPAN

両親が離婚したのは武井さんが小学生のとき。

父親に引き取られる形になったものの、その父親も家にほとんど帰らなくなり、住む家はあっても生活費は自分たちで稼ぐしかない状況でした。

「お金は大切なものだ」とはっきり自覚したのは、小学校の時です。両親が離婚して父子家庭になりましたが、父親とは別に暮らしていたので、実際は2歳上の兄との2人暮らし。住む場所はありましたが、生活費は自分で稼がなくてはいけませんでした。

引用元: 婦人公論.jp

近所の家のゴミ出しを手伝って1軒あたり月500円をもらうという仕事を引き受け、多いときには150軒分をこなしていたそうです。

中学・高校は成績トップで学費が免除される特待生制度を使い、6年間の学費をすべて免除してもらって卒業。

飲食店にトイレ掃除を持ちかけて1時間2000円を稼ぐなど、小学生のうちから「自分で稼ぐ」感覚を身につけていったのですね。

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武井壮の家族構成は4人家族

武井壮さんの家族構成は、父親・母親・2歳上の兄・武井壮さんの4人家族です。

ただし全員がそろって暮らした期間は短く、両親の離婚以降は兄との2人暮らしが実質的な家庭になりました。

母親は武井さんが9歳のときに家を出ています。

「お母さんは1週間だけ実家に帰る」と聞かされ、東京駅のホームで見送ったのが最後になり、そのまま40年以上にわたって再会は果たされていません。

出発間際に泣き出した母親の姿が、武井壮さんにとって最後の記憶になったそうです。

なお、親族には競輪選手の武井大介さんがおり、いとこにあたります。

血のつながった身内が早くに減ってしまったなかで、こうしたつながりが残っているのは救いに感じられますね。

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武井壮の実家は金持ちだった?

武井壮さんの実家は、幼い頃までは裕福だったと本人が語っています。

父親は美容師で、東京都葛飾区で美容室を3店舗経営していました。

ただし、その経営が立ち行かなくなったことで状況は一変します。

本人はテレビ東京系『チマタの噺』で、実家が傾いていった経緯をこう振り返っていました。

父親が美容室を3店舗経営する裕福な家庭に育ったそうですが、「いろいろあってダメになっちゃって。借金も抱えて、両親も離婚して、父ちゃんが僕らを引きとった…」

引用元: テレビ東京

実家が金持ちだったというイメージが残っているのは、この美容室経営時代の話や、私立の中高一貫校に通っていたことが理由でしょう。

ただ、中学・高校の学費は成績優秀者向けの特待生制度で免除されたもので、月末になるとガスや電気が止められることも珍しくなかったといいます。

裕福だったのは本当に幼い時期だけで、「金持ちの家に育った人」という印象とは実際の暮らしぶりが大きく違っていたようです。

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武井壮が一家離散した経緯と父親

武井壮さんの家族がばらばらになった直接のきっかけは、父親の事業の失敗と、それに続く両親の離婚です。

借金を抱えた末に両親が離婚し、母親が家を出て、引き取ったはずの父親も外に別の家庭を持って戻らなくなりました。

自身のXでは「小4くらいの時に父も母も家に帰ってこなくなってさ、どうしたらいいかわかんなかった」と当時を振り返り、区役所に相談に行ったり、地元の裕福な家を訪ねて手伝える仕事はないかと聞いて回ったりしていたと明かしています。

9歳、10歳の子どもが日銭を稼いで生き延びていたわけで、一家離散と呼ばれるのも無理はない状況ですよね。

一方で、父親への感情はこじれたままではありませんでした。

帰ってきたときはかわいがってくれたといい、大学入学時やアメリカ留学時には援助を受けたとも語っています。

のちに父親は武井さんの運転手を務めるまでになり、YouTubeに親子で出演する姿も見られました。

その父親は3年間のがん闘病の末、2022年4月に亡くなっています。

なお、武井壮さんの母親はピアニストだったと語られていて、その現在についても別記事で調査しています。

長く距離のあった父親と、最後は穏やかな時間を過ごせたことが、せめてもの救いに思えます。

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武井壮の兄・武井情の死因は?

武井壮さんの兄・武井情(たけい じょう)さんの死因は、がんです。

末期がんが見つかってからおよそ1年で、24歳の若さで亡くなりました。

武井壮さんが22歳、大学生だった頃のことです。

情さんは2歳上の兄で、私立中学に進学したものの、親と暮らせなくなり経済的に苦しくなったことから高校には進まず、中卒で俳優を目指しました。

俳優・坂上忍さんの付き人として働きながらオーディションを受け続け、テレビや映画で小さな役をもらえるようになった矢先の発病でした。

当時の武井壮さんは「夢みたいなことを言っている」と兄と喧嘩ばかりしていたそうですが、父親からの限られた援助がすべて弟に回るように兄が高校進学を諦めていたと知ったのは、自分が芸能界に入ってからのこと。

この事実を知ったときの衝撃が、兄の遺志を継いで芸能界を目指す原動力になったと語っています。

情さんの遺骨は父親がずっと手元に置いており、2022年に父親の納骨と同じタイミングで納められました。

父がずっと持っていた兄・情のお骨も同じ場所に納めさせてもらいました葛飾区青戸にある延命寺です

引用元: 東スポWEB

生まれ育った葛飾の地で親子が並んで眠ることになったのは、家族にとってひとつの区切りだったのかもしれませんね。

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まとめ

武井壮さんの生い立ちは、美容室3店舗を経営する裕福な実家から一転、父親の事業失敗と借金、両親の離婚を経て、9歳で母と生き別れるという壮絶なものでした。

父親も家に戻らなくなり、2歳上の兄・情さんとの2人暮らしのなかで、ゴミ出しや掃除のアルバイトをしながら生活費を稼いでいたそうです。

その兄も、弟のために高校進学を諦めて俳優を目指した末、がんにより24歳で亡くなっています。

家族構成は父・母・兄・本人の4人で、父親は2022年に3年間の闘病の末に他界しました。

どんな境遇でも道は切り拓けると発信し続ける武井壮さんの言葉には、こうした背景があるのですね。

これからの活躍にも注目していきたいです。

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