静岡大会決勝を89球で投げ切った聖隷クリストファー高校のエース左腕、高部陸さん。
2年連続で夏の甲子園のマウンドに立つプロ注目の150キロ左腕として、全国から視線が集まっています。
今回は、高部陸さんの家族構成や実家、学生時代の歩みについて調査しました。
高部陸のwikiプロフィールと球歴
まずは高部陸さんの基本情報から見ていきましょう。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 高部 陸(たかべ りく) |
| 生年月日 | 2009年1月5日 |
| 出身地 | 埼玉県深谷市 |
| 身長・体重 | 175cm・74kg |
| 投打 | 左投左打 |
| 血液型 | O型 |
| 出身中学 | 深谷市立南中学校 |
| 高校 | 聖隷クリストファー高校(静岡) |
| ポジション | 投手 |
野球を始めたのは小学1年生のとき。
地元の根住少年野球で軟式のボールを握りました。
中学では硬式の武蔵嵐山ボーイズに進み、2年春には全国大会優勝を経験しています。
高校進学で埼玉から静岡へ渡ると、1年夏からいきなり公式戦デビュー。
1年秋にはエース番号を背負い、2年夏には春夏通じて初めての甲子園にチームを導きました。
3年春には自己最速を150キロに更新し、この夏の静岡大会決勝でも同じ150キロをマーク。
決勝の常葉大菊川戦は89球で10三振を奪う完投勝利でした。
高校生としては規格外のスピードですよね。
高部陸の家族構成は?
高部陸さんの家族については、静岡大会を制した日の選手紹介欄でしっかり触れられています。
家族は両親と姉2人。175センチ、74キロ。血液型O。
引用元: 日刊スポーツ
つまり家族構成は、父・母・姉2人・本人の5人家族ということになります。
男の子は陸さんだけで、上に姉が2人という、いわゆる末っ子ポジションですね。
このうち一般に名前や職業が明らかになっているのは父親だけで、母親と姉2人の詳しい情報は非公表です。
高校生の家族であり、報道の対象になっていないため、名前や年齢、勤務先などは公開されていません。
投手として大量の球数を投げ込む息子を支えるには、食事の準備や洗濯といった家庭のサポートが欠かせません。
この1年で体を一回り大きくしてきた背景には、家族の後押しもあったのかもしれませんね。
高部陸の父はどんな人物なのか
家族の中でもっとも語られているのが、父の佳(けい)さんです。
実は佳さんも、かつて甲子園を目指した野球選手でした。
父の佳さん(49)は、高校時代、最速140キロを超える右腕として活躍。プロ入りを目指すも、社会人野球に進むと同時に限界を感じて外野手へ転向した。
引用元: スポーツ報知
父は右の本格派、息子は左腕。
球種も立ち位置も違いますが、速い球を投げたいという思いは受け継がれたようです。
そして父から息子に手渡された最大の武器が、「しっぺ投法」と呼ばれる独特の感覚づくり。
人さし指と中指をそろえてボールを強く弾く動作を繰り返し、キレのある直球をつくり上げてきました。
ボールを指で転がして最後に弾く、という陸さん自身の言葉どおり、幼い頃から父が捕手役として何年も球を受け続けたそうです。
自分が届かなかったプロという場所に、息子を送り出したい。
そんな思いが、あの回転数の多いストレートを生んだのかもしれません。
ちなみに陸さんが中学時代に所属した武蔵嵐山ボーイズの公式サイトには、スタッフとして高部佳さんの名前がコーチとして掲載されています
親子二人三脚という言葉が、これほど似合う関係も珍しいですよね。
高部陸の姉2人はどんな存在か
姉が2人いることは選手紹介で公表されていますが、名前・年齢・職業といった具体的な情報は明らかになっていません。
女きょうだいの中で育った末っ子の男の子、という家庭環境は、マウンド上で笑顔を絶やさない陸さんの人柄と重なる部分があるかもしれません。
好きな言葉は「笑顔」だと紹介されており、緊張の甲子園でも「素直に笑っていた」と語られていました。
姉2人がアルプススタンドで弟の投球を見守っていたとしても不思議ではありませんが、そのあたりは公にはされていません。
家族が静かに支えている、という形なのでしょうね。
高部陸の実家は深谷市のどこ?
実家があるのは、埼玉県深谷市です。
深谷市といえば新一万円札の顔となった渋沢栄一の出身地で、高校野球ファンには花咲徳栄で活躍した投手を輩出した土地としても知られています。
小学1年から所属した根住少年野球、そして進学した深谷市立南中学校はいずれも深谷市内。
小学校から中学校まで一貫して市内で育ったことは確かです。
中学では地元の軟式部ではなく、嵐山町を拠点とする硬式クラブチーム・武蔵嵐山ボーイズに通う道を選びました。
中学2年春には全国制覇を成し遂げ、3年時にはジャイアンツカップにも出場。
この時期に指導を受けたのが、当時の監督・飯野靖典さんです。
飯野さんは2025年8月、57歳で亡くなりました。
静岡大会優勝を報告した際にかけられた「甲子園は楽しいぞ。楽しんでこいよ」という言葉を胸に、陸さんは甲子園初勝利を届けています。
埼玉から静岡へ、片道の距離を越えて進んだ3年間。
地元の少年野球チームや中学の関係者からも、いまなお温かい声が寄せられているようです。
高部陸の進路と現在
プロ志望かどうかは早い段階から注目されていましたが、2026年3月の練習試合後、進路について明言しています。
将来はプロ一本、ただし高校卒業後は大学一本。
プロを目指すうえで大学こそが近道だという考えを示しました。
同学年でともに注目された横浜・織田翔希投手、山梨学院・菰田陽生投手、沖縄尚学・末吉良丞投手らが高卒プロ入りを視野に入れる中、4年間の上積みを選んだ判断になります。
4月には侍ジャパンU-18日本代表の候補選手強化合宿に参加し、5人の打者を相手に無安打・無四球という内容で存在感を示しました。
日の丸への憧れは中学時代からのものだそうです。
そして最後の夏は、2年連続2度目の甲子園。
第108回大会の初戦は大会第2日、栃木代表の佐野日大との一戦が組まれました。
昨夏は2試合を1人で投げ抜き、17イニングで13奪三振、防御率1.06という数字を残しています。
進化した左腕がどこまで勝ち上がるのか、目が離せませんね。
まとめ
高部陸さんの家族構成は、父・母・姉2人を含む5人家族です。
父の佳さんは最速140キロを超える元高校球児で、社会人野球まで続けた経験を生かし、「しっぺ投法」で息子の直球を磨き上げてきました。
母親と姉2人については非公表ですが、埼玉県深谷市の実家から根住少年野球、深谷市立南中学校、武蔵嵐山ボーイズと歩んだ道のりを家族全体で支えてきたことがうかがえます。
高校卒業後は大学進学を明言しており、プロへの挑戦は4年後に持ち越しとなりました。
最後の夏、そしてその先の舞台での活躍が楽しみですね。
