株主優待だけで暮らす投資家として知られ、元プロ棋士で八段の桐谷広人さん。
自転車で優待券を使い切る姿が人気ですが、その倹約ぶりを育てた家族や兄弟、実家の父親・母親が気になる人も多いですよね。
今回は、桐谷広人さんの家族について、出身地や生い立ちとあわせて、兄弟の学歴・職業まで調査しました。
桐谷広人の家族構成は?出身は竹原
桐谷広人さんの家族構成は、父親・母親・妹3人と本人の6人家族です。
桐谷広人さんは4人兄妹の長男で、下に妹が3人います。
出身は広島県竹原市で、小学校から高校までを地元・竹原で過ごしました。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 桐谷広人(きりたに ひろと) |
| 生年月日 | 1949年10月15日 |
| 出身地 | 広島県竹原市 |
| 師匠 | 升田幸三 実力制第四代名人 |
| プロ入り | 1975年7月(四段昇段) |
| 引退 | 2007年3月(2025年に八段へ昇段) |
| 結婚 | 結婚歴なし(独身) |
家族を表にすると、次のようになります。
| 続柄 | 主な情報 |
| 父親 | 竹原で暮らし、窮地の息子を何度も支えた |
| 母親 | 名前や職業は明かされていない |
| 本人 | 長男・元プロ棋士・投資家 |
| 妹 | 3人(長女・淑子さん、二女・優子さん、三女・未希さん) |
| 妹たちの職業 | 社会保険労務士・獣医師など |
桐谷広人さん本人は結婚歴がなく、配偶者や子供はいません。
いまの桐谷さんにとって、家族といえば竹原の両親と3人の妹たちなんですね。
桐谷広人の父親はどんな人?
桐谷広人さんの父親は、息子が苦しいときに必ず手を差し伸べてきた存在です。
プロを目指して上京した奨励会(プロ棋士の養成機関)時代は、仕送りもなく苦しい日々でした。
そんな桐谷さんに、父親は毎日ハガキを書いて送っていたそうです。
さらに『幸福への挑戦』という心理学の本を「こういう本を読め」と勧めたといいます。
そして2008年のリーマンショックのときも、父親が助けてくれました。
桐谷広人さんは信用取引で大きな損失を出し、破綻の一歩手前まで追い込まれました。
憔悴しきった私を見て、田舎の父親が2000万円近く貸してくれまして、そのお金を使って信用取引の建玉を返済することができ、ギリギリのところで破綻を免れました。
引用元: 現代ビジネス
父親の職業ははっきりとは明かされていませんが、竹原で紙箱の製造業を営んでいたと言われています。
株主優待名人の桐谷さんが今あるのは、父親の支えがあってこそと言えそうですね。
桐谷広人の母親と竹原の実家は?
桐谷広人さんの母親については、名前や職業などの情報は公表されていません。
それでも、両親と過ごした子ども時代の思い出は、桐谷さん自身がたびたび語っています。
幼いころは年に1〜2回、両親に広島市の百貨店「福屋八丁堀店」の屋上遊園地へ連れて行ってもらったそうです。
竹原の実家は、決して裕福ではありませんでした。
桐谷さん本人も、升田幸三門下に入ったころを振り返り、実家が貧しく仕送りもなかったと書いています。
奨励会時代は5食85円のインスタントラーメンでしのぎ、胃潰瘍で3か月休んだこともありました。
優待券を使い切るために自転車で走り回る今の暮らしぶりは、竹原の実家で身についた金銭感覚が根っこにあるのかもしれませんね。
桐谷広人の兄弟は妹3人!学歴・職業は?
桐谷広人さんの兄弟は、妹が3人です。
桐谷さんが一番上で、末っ子の三女とは19歳も年が離れています。
年の差が大きいこともあり、4人そろって記念撮影をしたことが一度もなかったそうです。
妹たちの職業は社労士と獣医師
桐谷広人さんの妹のうち、1人は社会保険労務士、もう1人は獣医師です。
2024年10月の『月曜から夜ふかし』で兄妹旅行が放送された際に、妹たちの職業が明かされました。
視聴者からは「プロ棋士、社労士、獣医か 凄いな」と驚く声が多く上がっています。
残る1人の妹は専業主婦だと言われています。
棋士・社労士・獣医師と、難関の道に進んだ兄妹がそろっているのは驚きですよね。
兄弟の学歴は?
桐谷広人さんの妹たちの出身校は明かされていません。
ただ、獣医師になるには大学の獣医学系学科で6年間学ぶ必要があるため、妹の1人は大学で獣医学を修めています。
学費の面では、兄の桐谷さんが手を貸したエピソードがあります。
将棋の養成所時代、コツコツ貯めた2万円を送金したり、プロになってからは妹の奨学金を肩代わりしたからかもしれません。
引用元: 『日刊SPA!』
貧しい実家から妹たちが進学できた陰には、兄の仕送りもあったんですね。
桐谷さん本人の学歴は、竹原市立竹原小学校・竹原中学校から広島県立竹原高校へ進んだと言われています。
高校卒業後は大学へは進まず、将棋のプロを目指して上京しました。
兄妹の仲良しエピソード
桐谷広人さんと妹たちは、今も行き来のある仲の良い兄妹です。
リーマンショックで生活が苦しくなったときには、未納だった年金の納付金を妹が貸してくれたそうです。
桐谷さんは、若いころの仕送りや奨学金の肩代わりへの恩返しだったのかもしれないと振り返っています。
2024年には、桐谷さんが3人の妹を熱海旅行に招待しました。
うなぎを食べ、ガラス工房や動物園を回り、露天風呂付きの部屋に泊まる豪華な旅だったようです。
最後は4人でジェットコースターに乗り、初めての記念撮影も実現しました。
困ったときに助け合える兄妹の関係は、見ていて温かい気持ちになりますね。
桐谷広人の生い立ちと将棋との出会い
桐谷広人さんが将棋と出会ったのは、竹原の中学校2年生のときです。
昼休みにクラスメートが肩を骨折したことがきっかけで接骨院を訪れると、待合室で大人たちが将棋を指していました。
そこに加わったのがきっかけで、桐谷さんは将棋にのめり込んでいきます。
中学3年からは広島市の大会に出るようになり、高校時代は電車で広島の将棋クラブへ通いました。
竹原から東京へ出てプロになるまでは、次のとおりです。
| 年 | 出来事 |
| 1949年 | 広島県竹原市に生まれる |
| 中学2年 | 接骨院で将棋と出会う |
| 高校時代 | 『赤旗』主催の大会で中国地区代表に |
| 1968年 | 升田幸三に弟子入り、18歳半で奨励会へ |
| 1975年 | 四段に昇段しプロ棋士に |
| 1984年 | 独学で株式投資を始める |
| 2007年 | プロ棋士を引退 |
奨励会に入ったのは18歳半と遅めで、同期より出遅れた分、苦労の多い修業時代でした。
同郷の升田幸三さんに弟子入りできたのは、高校時代の大会での活躍がきっかけだったそうです。
貧しい家庭から将棋一本で上京した桐谷広人さんを、父親の支えと妹たちとの絆が支えてきたんですね。
まとめ
今回は、桐谷広人さんの家族構成と父親・母親、竹原の実家、兄弟の学歴・職業、生い立ちを調査しました。
- 桐谷広人さんの家族は両親と妹3人の6人家族で、出身は広島県竹原市です。本人は結婚歴がありません。
- 父親は奨励会時代に毎日ハガキを送って心理学の本を勧め、リーマンショックでは2000万円近くを貸して息子を救いました。
- 母親の名前や職業は公表されていません。竹原の実家は貧しく、上京後も仕送りはなかったそうです。
- 兄弟は妹3人で、社会保険労務士と獣医師の妹がいます。末っ子の三女とは19歳差です。
- 妹たちの出身校は非公表ですが、桐谷さんはプロ入り後に妹の奨学金を肩代わりしていました。
- 中学2年で接骨院の将棋に出会い、1968年に升田幸三に弟子入りして1975年にプロ棋士になりました。
家族に支えられ、家族を支えてきた桐谷さんが、これからも妹たちと楽しい時間を過ごせるといいですね。
