2024年1月5日、Bee☆R(ビーレーシング)の代表であり、レーシングカーの技術者として活躍された今井清則さんが逝去されました。
BNR32GTRの第一人者としても知られる今井さんの死因は癌であったことが公表されています。
この記事では、今井清則さんの死因や闘病中の様子、そしてこれまでの功績について詳しくご紹介します。
今井清則の死因は病気?
今井さんの死因は、癌であることが判明しています。
公式ブログでは、今井さんご自身が「カミングアウト」と題して病状を明かしていました。
2019年に悪性大型癌が見つかり、化学療法や数回に渡り摘出手術を行い。ツラい抗がん剤と戦って来たが2023年には転移が多く大きくて取りきれない敵が肝臓に肺に。余命宣告されました。ここからは体力も大切だけど精神力を磨き戦うことにレースチャレンジのパワーを使ってギリギリまで自分をチューニングしたいと考えました。
引用元:Bee⭐︎R公式ブログ
2019年に癌が見つかり、闘病を続けていた今井さんですが、2023年には肝臓や肺への転移が多く、手術が困難な状態で余命宣告を受けていたと綴られています。
今井清則は癌の闘病中もレースに挑戦!
今井さんは、癌との闘病中もモータースポーツへの情熱を失わず、レースに挑戦していたことがブログに記されています。
今回のGR86は幸いにも九州オートポリス大会。北海道十勝大会。岡山大会と外装の接触を少し以外は無事。少なくとも年内はミッションも持たせたいので封印のまま体験学習として参戦させていただきます。。。。こうやってギリギリでもレース出来て幸せです。
引用元:Bee⭐︎R公式ブログ
手術後の後遺症や薬の副作用に大変つらい思いをされたようですが、今井さんは唯一好きなレースが救いになっていると語っていました。
今井清則はBNR32GTRの第一人者!

今井清則の略歴
今井清則さんが代表を務めていたBee☆R(ビーレーシング)は、モータースポーツのチューニングショップです。
1990年に開業し、BNR32GTRのチューニングやレースカー製作をメインに行っていました。
今井さんは、開業前から多数のレーシングカーやチューニングカーの製作に携わり、ご自身もレースに参戦していたそうです。
1979年に神奈川工業高等学校電子科を卒業しており、その知識を活かしてコンピューターチューニングを得意としていたと見られます。
BNR32GTRとは?

出典:wikipedia
BNR32は、日産スカイラインの8代目モデルです。
7代目からダウンサイジングされ、スリム化したスタイリングは、自動車評論家やレーサーから歴代スカイラインの中でも「最もバランスの取れたモデル」として高い評価を得ています。
4ドアセダンは先代と比較して車内空間(特に後部座席)が狭くなり、ファミリーユースが減少したことで販売台数は落ち込んだようですが、BNR32は今なお歴代GT-Rの中でも多くのファンを持つモデルとして知られています。
車好きはもちろんのこと、そうでない人も「GTR」が街中を走っているのを見かけると、思わず振り返ってしまうほどの名車です。
今井さんは、その「BNR32GTR」の第一人者として知られていました。
今井清則さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
