ドラマ『愛と死をみつめて』の大島みち子役で一躍人気女優となり、80代になった今も石垣島を拠点に活動を続ける大空眞弓さん。
2026年に元旦那の勝呂誉さんが亡くなったことで、大空眞弓さんの旦那はどんな人で、死因は何だったのかが気になっている人も多いですよね。
今回は、大空眞弓さんの旦那について、勝呂誉さんとの結婚と離婚理由、2人の間に生まれた子供まで調査しました。
大空眞弓の旦那は勝呂誉
大空眞弓さんの旦那は、俳優の勝呂誉(すぐろ ほまれ)さんです。
2人は1968年に結婚し、1982年に離婚しています。
大空眞弓さんにとって、結婚歴があるのは勝呂誉さんとの1回だけです。
勝呂誉さんのプロフィールはこちらです。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 勝呂 誉(すぐろ ほまれ) |
| 生年月日 | 1940年6月1日 |
| 出身地 | 兵庫県芦屋市 |
| 出身高校 | 兵庫県立芦屋高等学校 |
| デビュー | 1961年 TBSドラマ『青年の樹』 |
| 代表作 | 『下町の太陽』『二十一歳の父』『怪奇大作戦』 |
| 没年月日 | 2026年1月23日(85歳没) |
大空眞弓さんは1940年3月生まれなので、2人は同い年でした。
勝呂誉はどんな俳優?
勝呂誉さんは、1960年代に青春スターとして人気を集めた俳優です。
俳優座で演劇を学んでいた1961年にドラマ『青年の樹』でデビューし、翌年に松竹へ移籍しました。
映画『下町の太陽』では倍賞千恵子さんと共演し、「サニー・カップル」の愛称で親しまれています。
1965年の日米合作映画『勇者のみ』では、フランク・シナトラさんとも共演しました。
『クイズタイムショック』で57人連続勝ち抜きの番組記録を作るなど、知性派タレントとしての顔も持っていました。
馴れ初めはドラマ『青年の樹』
2人が出会ったきっかけは、1961年のドラマ『青年の樹』での共演です。
勝呂誉さんにとってはこれがデビュー作で、大空眞弓さんはすでに映画で活躍していました。
共演から結婚までは約7年あり、じっくり関係を育てたことがわかりますね。
現在の旦那はいる?
大空眞弓さんが勝呂誉さんと離婚したあと、再婚したという発表はありません。
2021年からは息子夫婦と3人で沖縄・石垣島に移り住み、東京と行き来しながら暮らしています。
島の人たちとの交流やスポーツ観戦を楽しむ、穏やかな毎日を送っているようです。

同い年の共演者同士の結婚って、昭和の映画みたいでロマンがありますね。
大空眞弓と旦那・勝呂誉の結婚
大空眞弓さんが勝呂誉さんと結婚したのは、1968年、28歳のときです。
当時の大空眞弓さんは、1964年の『愛と死をみつめて』が大ヒットし、トップ女優の地位を築いていました。
勝呂誉さんも『怪奇大作戦』の三沢京助役を演じるなど、俳優として脂がのっていた時期です。
大空眞弓さんは36歳のときに一人息子を出産し、仕事と家庭の両方を抱えることになりました。
後年のインタビューでは、結婚生活をふり返ってこう語っています。
28歳で結婚、36歳で一人息子を授かり、でも42歳のときには離婚して。
引用元: 婦人公論.jp
大空眞弓さんは、自分の人生を「悲喜こもごもに生きてきた」とも表現しています。
大空眞弓と元旦那の離婚理由は?
大空眞弓さんと元旦那・勝呂誉さんの離婚理由は、明かされていません。
離婚したのは1982年で、大空眞弓さんは42歳、息子さんはまだ小学生の年齢でした。
離婚理由についてはさまざまな憶測もありますが、確かな裏づけは見つかりませんでした。
ただ、大空眞弓さん自身は当時の暮らしについて、結婚と仕事を両立するのが難しい時代だったと語っています。
女優としては充実していた一方で、息子さんに寂しい思いをさせたことを「猛省した」とも明かしていました。
夫婦ともに第一線の俳優で、すれ違いの多い生活だったことがうかがえる言葉ですね。
離婚後の勝呂誉さんは一般の女性と再婚し、兵庫県で親友の石立鉄男さんとペットショップを共同経営していました。
その後は大阪のホテル「プラザオーサカ」のアドバイザリー・スタッフを務め、関西を拠点に活動しています。

どちらが悪いという話ではなく、時代の難しさもあったのかもしれませんね。
大空眞弓の元旦那・勝呂誉の死因は?
大空眞弓さんの元旦那・勝呂誉さんの死因は、肺がんです。
2026年1月23日午後4時ごろ、東京都内の病院で亡くなりました。
85歳でした。
訃報は約1か月半後の3月5日に、所属していた松竹芸能から公表されています。
葬儀は近親者のみで執り行われ、喪主は再婚相手の妻・喜美代さんが務めました。
お別れの会は予定されていないと発表されています。
勝呂誉さんは晩年まで芸能活動を続け、2023年には映画『電エースカオス』にも出演していました。
大空眞弓さんも、テレビ朝日『徹子の部屋』で元夫の勝呂誉さんを偲び、思い出を語ることが番組公式で紹介されています。
大空眞弓と旦那の子供は?
大空眞弓さんと旦那・勝呂誉さんの間に生まれた子供は、息子の中田元博さん1人です。
1968年の結婚から約8年後、大空眞弓さんが36歳のときに授かった一人息子でした。
2人が離婚したのは大空眞弓さんが42歳のときなので、息子さんはまだ6歳前後だったことになります。
中田元博さんの名字は、大空眞弓さんの本名「中田佐智子」と同じ「中田」です。
勝呂誉さんは離婚後に一般の女性と再婚しましたが、大空眞弓さんとの間の子供は中田元博さんだけです。
両親がともに昭和の人気俳優という、芸能一家に生まれたことになりますね。
現在の中田元博さんは、母の大空眞弓さんと沖縄・石垣島を拠点に暮らしています。
中田元博さんの現在の仕事や家族については、大空眞弓さんの息子の現在の記事で詳しく紹介しています。

結婚8年目に授かった一人息子と、今は石垣島で一緒に暮らしているのは感慨深いですね。
まとめ
今回は、大空眞弓さんの旦那・勝呂誉さんとの結婚から離婚理由、死因、子供までを調査しました。
- 大空眞弓さんの旦那は俳優の勝呂誉さんで、ドラマ『青年の樹』での共演が出会いのきっかけです。
- 2人は1968年に結婚し、大空眞弓さんが42歳だった1982年に離婚しました。
- 離婚理由は明かされていませんが、本人は結婚と仕事の両立が難しい時代だったと語っています。
- 元旦那の勝呂誉さんは2026年1月23日、肺がんのため85歳で亡くなりました。
- 2人の子供は一人息子の中田元博さんで、2021年から大空眞弓さんと石垣島で暮らしています。
離婚後も女優として歩み続けてきた大空眞弓さんの、これからの穏やかな日々にも注目したいですね。

