杉浦太陽の実家は寝屋川?父は元南海投手・兄弟3人と母親

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杉浦太陽実家 芸能・エンタメ
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『ウルトラマンコスモス』の春野ムサシ役で知られ、妻・辻希美さんと5人の子供を育てる父親としてもおなじみの杉浦太陽さん。

子煩悩なパパとしての姿が知られるほど、杉浦太陽さんの実家やどんな父親のもとで育ったのかが気になりますよね。

今回は、杉浦太陽さんの実家がある寝屋川との関係や、父・母親・両親の素顔、兄弟は何人で兄はいるのかまで調査しました。

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杉浦太陽の実家はどこ?寝屋川と岡山

杉浦太陽さんが育った実家は、大阪府寝屋川市にあると言われています。

生まれは岡山県玉野市で、3歳まで玉野で暮らしたあと大阪へ移りました。

プロフィールで「岡山出身」と「大阪出身」の両方が出てくるのは、生まれた場所と育った場所が違うためです。

主な土地とのつながりは次の表のとおりです。

項目内容
出生地岡山県玉野市(3歳まで)
育った場所大阪府寝屋川市
出身中学寝屋川市立第八中学校
出身高校大阪産業大学附属高校

岡山は祖父の代からのルーツで、寝屋川は思春期を過ごした地元にあたります。

実家の場所は寝屋川?

杉浦太陽さんが育ったのは寝屋川市で、出身中学は寝屋川市立第八中学校です。

高校は大阪産業大学附属高校に進み、高校2年生のときにスカウトされて芸能界入りしました。

公式ブログやInstagramでは「大阪の実家」という言葉がたびたび登場します。

母親や親戚の叔父さん・叔母さんとくつろぐ姿も投稿されてきました。

弟の杉浦タカオさんも寝屋川市出身とされており、兄弟そろって寝屋川で育っています。

ただし、番地など実家の詳しい場所は明かされていません。

実家は都島?

実家が大阪市都島区にあるという情報もありますが、確かな裏づけは見つかりませんでした。

杉浦太陽さん本人が地元として語ってきたのは、寝屋川市での暮らしです。

都島区と寝屋川市は、どちらも大阪の北東側で京阪電車沿いにあるエリアです。

そのため、「大阪の実家」という言葉からさまざまな地名が連想されているのかもしれません。

生まれは岡山県玉野市

杉浦太陽さんは、造船の街として知られる岡山県玉野市で生まれました。

祖父の杉浦常一さんは玉野で鉄骨工事などを手がける会社を経営していました。

2026年7月の生放送では、祖父の仕事について「瀬戸大橋の一部を作っています」と明かしています。

さらに「これはもう、自慢です」と照れくさそうに笑い、スタジオを驚かせました。

生後100日のお食い初めでは、祖父が自ら船を出してセイゴを釣ってきてくれたそうです。

杉浦太陽さんの釣り好き・船好きは、この祖父ゆずりだと本人も語っています。

大阪の実家とは対照的な、杉浦太陽さんと辻希美さんの自宅の様子はこちらの記事で紹介しています。

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杉浦太陽の実家の父親は元南海投手

杉浦太陽さんの父親は、元南海ホークス投手の杉浦三六(すぎうら みつむ)さんです。

広島の名門・広陵高校の出身で、1972年に入団テストを経てドラフト外で南海に入りました。

一軍の公式戦に出場することなく、プロ野球の世界を去っています。

父・三六さんの主な経歴は次のとおりです。

項目内容
名前杉浦三六(すぎうら みつむ)
生年月日1954年7月7日
出身校広陵高校(広島県)
プロ入り1972年・南海にドラフト外で入団
背番号54(1973年)
一軍出場なし
没年2014年4月(59歳)

杉浦太陽さんが生まれたのは1981年で、2年後の1983年に弟のタカオさんが生まれています。

父の職業は?

父・三六さんの職業は、プロ野球選手から始まり、引退後はいくつもの仕事を経験しています。

南海を退団したあとは、不動産ブローカーや広告代理店の仕事など職を転々としました。

一方で、祖父が経営する玉野市の会社「中国工業」の取締役も務めていました。

この会社は鉄骨工事や機械組立を手がけ、大手造船会社とも取引があったとされています。

杉浦太陽さんが語った「瀬戸大橋の一部を作った」祖父の会社に、父も役員として関わっていたことになります。

父はヤクザ?

父・三六さんがヤクザだったという事実は確認されていません。

経歴として確認できるのは、プロ野球選手と会社役員という2つの顔です。

杉浦太陽さん自身は、テレビや取材で父親について詳しく語ることはほとんどありません。

今の杉浦さんが自分の家族の話を積極的に発信しているのとは、対照的な距離感です。

父親の死因は?

父・三六さんは、2014年4月に入院先の病院で亡くなりました。

59歳でした。

死因は明かされていませんが、長年肝臓を患っていたと言われています。

父の死に際し、杉浦太陽さんは「親父なので悲しいです」と言葉少なにコメントしました。

2025年にはスポニチの取材記事で、医療現場を描く番組に寄せて「僕も早くに父を亡くしていますので…」と口にしています。

父の最期には看護師さんたちに支えられたことを思い出したと語り、亡き父への思いをのぞかせました。

多くを語らないからこそ、「親父なので」の一言に重みを感じますね。

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杉浦太陽の実家の母親と両親は?

杉浦太陽さんの両親は離婚しており、その後は母親のもとで育ったと言われています。

母親は今も大阪の実家で暮らしていると言われ、帰省のたびに手料理で家族を迎えています。

妻の辻希美さんと義母の仲がとても良いことも、たびたび話題になってきました。

名前などは表に出ていませんが、杉浦さん夫婦の発信から母親の温かい人柄が伝わってきます。

両親は離婚している?

杉浦太陽さんの両親は離婚しています。

離婚は1994年ごろと言われており、杉浦さんが中学生になる前後の時期にあたります。

杉浦さんは岡山から寝屋川へ移った後、思春期を母親や弟と過ごしたことになります。

父親とは離れて暮らすようになり、母親が中心となって子供たちを育てたと言われています。

母親の名前や職業は?

母親の名前や職業は公表されていません。

一方で、料理上手であることは杉浦さん夫婦の発信から何度も伝わってきます。

杉浦さんの公式ブログには、品数たっぷりの朝ごはんや大鍋のおでんといった「実家ご飯」がたびたび登場します。

久しぶりに帰省した際には「母とゆっくり話す事が出来ました」とつづっていました。

料理好きで家族思いの今の杉浦さんの姿は、こうした母親の背中を見て育ったからこそかもしれません。

辻希美が語る母親の人柄

辻希美さんは、義母について「本当に神様みたいなお母さん」と即答しています。

2026年6月に公開した自身のYouTube動画では、杉浦さんの母親についてこう語りました。

人の悪口とかも言わないし、揉め事も好きじゃなくて

引用元: ORICON NEWS

第1子の妊娠中には、義母のもとで1か月間料理を習い、出汁の取り方や野菜の切り方まで一から教わったそうです。

初めて実家を訪れたとき、辻さんは「まずはお仏壇に線香あげてもいいですか?」と両親に尋ねたといいます。

この一言で母親の心をつかみ、今では「一歩も動かなくていいからね」と言われるほどだと杉浦さんがテレビで明かしました。

嫁と姑がこんなに仲良しって、本当にうらやましい関係です…!

妻の生まれ育った辻希美さんの実家については、こちらの記事で詳しくまとめています。

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杉浦太陽の兄弟は何人?兄と弟・姉

杉浦太陽さんは、姉・本人・弟の3人兄弟です。

杉浦さんは長男で、弟は俳優・ミュージシャンの杉浦タカオさんです。

姉はすでに亡くなっており、実家の仏壇で今も家族に見守られています。

家族構成は次のとおりです。

続柄名前・概要
父杉浦三六さん(元南海投手・2014年死去)
母一般の方(名前は非公表)
姉故人(命日は5月18日)
本人杉浦太陽さん(1981年生まれ)
弟杉浦タカオさん(1983年生まれ)

弟とは今も家族ぐるみで仲が良く、新年には弟一家が杉浦さんの家へ挨拶に訪れています。

弟は杉浦タカオ

弟の杉浦タカオさんは、1983年2月28日生まれで、杉浦さんの2歳年下です。

本名は杉浦太雄(たかお)で、2012年に現在の表記へ改名しました。

2002年には兄弟でロックバンド「Ex.Bold」を結成し、音楽活動をともにしています。

俳優としては2004年の『劇場版 仮面ライダー剣 MISSING ACE』で仮面ライダーランスを演じました。

「兄はウルトラマン、弟は仮面ライダー」と注目されましたが、実は円谷プロから次のウルトラマン役を打診され、断っていたそうです。

現在は音楽と演劇を組み合わせたユニット「SEPT」を主宰し、2013年に結婚して1男2女の父になっています。

兄はいる?

杉浦太陽さんに兄はいません。

杉浦さんは男兄弟の長男で、弟のタカオさんにとっての「兄」にあたります。

2015年には兄弟そろって映画のトークイベントに出席し、イベントで兄弟共演するのは初めてと話題になりました。

YouTubeでは兄弟で新曲を作って歌う企画も公開しており、顔も声もよく似た2人のハーモニーが楽しめます。

亡くなった姉

杉浦太陽さんには、亡くなった姉がいます。

2013年5月の公式ブログでは、「明日が姉の命日なので、実家泊まりにしました」とつづっていました。

仏壇に手を合わせたうえで、「毎年ちょうどこの時期に大阪にいるんだよなぁ」「姉ちゃんが呼んでくれてるのかな?」と記しています。

命日は5月18日とされていますが、亡くなった年齢や経緯は明かされていません。

辻希美さんが初訪問で仏壇に線香をあげたいと申し出たことが母親に響いたのも、こうした家族の背景があったからこそなのかもしれません。

毎年命日に大阪にいるなんて、お姉さんが本当に呼んでいるのかもしれませんね。

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まとめ

今回は、杉浦太陽さんの実家や父・母親・兄弟について調査しました。

  • 杉浦太陽さんは岡山県玉野市生まれで、3歳から大阪府寝屋川市で育ちました。
  • 祖父は玉野市で会社を経営し、瀬戸大橋の一部を手がけたと本人が語っています。
  • 父親は元南海ホークス投手の杉浦三六さんで、引退後は会社役員なども務めました。
  • 父は2014年に59歳で亡くなり、長年肝臓を患っていたと言われています。
  • 両親は離婚しており、料理上手な母親は辻希美さんから「神様みたい」と慕われています。
  • 兄弟は姉・本人・弟の3人で、兄はおらず、弟は杉浦タカオさんです。

祖父ゆずりの釣り好きと、母親ゆずりの料理好き。

杉浦太陽さんが築いた温かい家庭には、大阪の実家で育んだものがしっかり受け継がれていますね。

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