プロビーチバレーボール選手として活動しながら、株式会社安田の2代目社長も務める安田衣里さん。
有名戦国武将から続く一族の出身だと明かしたことで、その実家に驚きの声が広がっていますよね。
今回は、安田衣里さんの実家と先祖の戦国武将は誰なのか、末裔とされる家系や父親・母親の家族構成、誘拐事件まで調査しました。
安田衣里の実家は21代続く一族
安田衣里さんの実家は埼玉県熊谷市にあり、有名戦国武将から数えて21代続く一族だと語られています。
熊谷市には家業である株式会社安田の研究所や事務所もあり、幼い頃から地元で過ごしてきたそうです。
| 項目 | 内容 |
| 実家の所在地 | 埼玉県熊谷市 |
| 家系 | 有名戦国武将から数えて21代目 |
| 家業 | 株式会社安田(水族館の水槽設備・養殖事業) |
| 現在の拠点 | 東京・田園調布の6LDK邸宅など複数 |
現在の安田衣里さんは東京・田園調布の6LDKの邸宅を拠点にしていて、この家はドラマのロケなどに使うハウススタジオとしても貸し出しています。
自宅を1か所にまとめず分散させているのも、この家ならではの事情があるようです。
本人はSNSで「21代続く元資産家」「3代前に分家筋」と紹介していて、本家の後ろ盾がない立場だとも明かしています。
歴史のある家に生まれながら、自分の力で会社を動かしてきた人なんですね。
安田衣里さんが何者なのか、プロフィールや経歴は別の記事にまとめています。
安田衣里の先祖は誰?戦国武将の末裔説
安田衣里さんの先祖は有名な戦国武将で、その一番下の娘が家の始まりだと語られています。
ABEMA『ななにー 地下ABEMA』では、安田家が始まった経緯をこう説明していました。
「元々は(有名戦国武将)の一番下の娘が甲州街道を降りてきて、落ちのびてきて、そのときの名前をとにかく変えないと殺されてしまうので、その地区にいる一番の庄屋さん・安田さんと結婚して、名前を買って、そこからの21代目なので、もっと前も名乗るとするともっと長い」
引用元: ENCOUNT
つまり「安田」という姓は落ちのびた先で得たもので、先祖の武将の姓は別にあることになります。
肝心の戦国武将が誰なのかは、番組でも名前を伏せる形で紹介されました。
甲州街道を落ちのびたという話から甲斐の武田氏ではないかという見方もありますが、確かな裏づけは見つかりませんでした。
安田衣里さん自身も、武将の名前は明かさないまま「21代目」という代数だけを語っています。
命を守るために姓を変えて生き延びた娘がいた、というだけでも十分に映画のような話ですよね。
安田衣里の父親はどんな人?
安田衣里さんの父親は、株式会社安田を創業した安田直弘さんです。
水と水産の技術者として知られ、量産が難しいとされた中南米原産の魚「ペヘレイ」の養殖に世界で初めて成功しました。
| 年 | 主な出来事 |
| 1973年 | ペヘレイの養殖に世界で初めて成功 |
| 1978年 | 株式会社安田を創立 |
| 1984年 | JICAの依頼でアルゼンチン共和国へ技術協力 |
| 1987年 | 水の技術が評価され中曽根総裁賞を受賞 |
| 2016年 | 衣里さんへ代表取締役を引き継ぐ |
事業は養殖にとどまらず、新江ノ島水族館やサンシャイン水族館など全国の水族館の設計・構造計算まで手がけてきました。
安田衣里さんが会社に入ったのは、父親が腎臓の癌で余命宣告を受けたことがきっかけだったと語られています。
娘としての父親像も、ブログで何度もつづられてきました。
50キロ近いサイクリングに何年も一緒に通ったり、川下りや魚のつかみ取りに連れて行ってくれたりと、遊びも全力だったそうです。
「まるでお兄ちゃんのような所もあるお父さん」という表現からも、距離の近い親子関係が伝わってきますね。
安田衣里の家族構成は?母親と兄弟
安田衣里さんの実家の家族構成は、父親と母親、そして安田衣里さんという形が公表されている範囲です。
| 続柄 | 内容 |
| 父親 | 安田直弘さん。株式会社安田の創業者 |
| 母親 | 一般の方で、氏名などは非公表 |
| 兄弟 | 公表されていません |
| 夫 | 会社の副社長として経営を支えている |
| 子供 | 娘が1人 |
母親は一般の方のため、名前や職業といった詳しい情報は公表されていません。
ただ、ジュエリー好きの母親のために父親が鉱山を丸ごと購入したというエピソードは、テレビ番組で明かされています。
そこで採れたのはターフェアイトという、ダイヤモンドより希少とされる石だったそうです。
兄弟がいるかどうかも公表されておらず、安田衣里さんが2代目として会社を継いでいます。
現在は安田衣里さんの夫が副社長を務め、娘とともに3人で暮らしながら夫婦で経営にあたっているとのこと。
宝石ではなく鉱山を買ってしまう発想は、なかなか真似できるものではありませんね。
安田衣里が経験した誘拐事件とは?
安田衣里さんは幼少期に2回の誘拐を経験していて、当時は新聞にも掲載されたと語っています。
『ななにー 地下ABEMA』で明かされたのは、そのうちの1件の詳しい経緯でした。
そんな安田さんは、有名戦国武将の血筋につながる大金持ち一族の出身だと紹介されると、「誘拐は2回経験していて、新聞にも載った」と衝撃告白。さらに「サマースクールに行ったら父が脅されて、『権利書を渡さないと娘さんは帰せない』ということで4ヶ月アメリカにいたことがある」と振り返った。
引用元: ORICON NEWS
サマースクールに誘われて渡米したものの、途中から両親との連絡を遮断されてしまったそうです。
犯人側の狙いは、父親が持っていた事業の権利書でした。
結果として、2か月の予定だった滞在はおよそ4か月に及んだといいます。
安田衣里さんが自宅を複数所有しているのも、この経験と無関係ではありません。
番組では「家を分散するのは、一箇所にとどまりすぎると誘拐される恐れがあるというのも一つの理由」とも話していました。
華やかに見える暮らしの裏に、こうした事情が積み重なっていたんですね。
まとめ
今回は、安田衣里さんの実家と先祖の戦国武将は誰なのか、末裔と語られる家系や父親・母親を含む家族構成、幼少期の誘拐事件まで調査しました。
- 安田衣里さんの実家は埼玉県熊谷市にあり、有名戦国武将から数えて21代続く一族だと語られています。
- 先祖の武将の一番下の娘が甲州街道を落ちのび、地元の庄屋である安田家に嫁いだことが家の始まりとされています。武将の名前は明かされていません。
- 父親は株式会社安田を創業した安田直弘さんで、ペヘレイの養殖成功や全国の水族館の設計を手がけた技術者です。
- 母親は一般の方で非公表ですが、父親が母親のために鉱山ごと購入したというエピソードが明かされています。兄弟がいるかどうかは公表されていません。
- 幼少期には2回の誘拐を経験し、権利書を狙われて約4か月アメリカで過ごしたことも語られています。
壮絶な生い立ちを経て、今は経営者として自分の家を築いている安田衣里さん。
これからどんな歩みを見せてくれるのか楽しみですね。


