元宝塚歌劇団月組トップスターで、退団後も歌手・女優として舞台に立ち続ける真琴つばささん。
芸能生活40周年を迎えてなお精力的に活動を続けていて、その原点になった育ちや家庭環境が気になる人も多いですよね。
今回は、真琴つばささんの実家が化粧品店だという話と、北品川で過ごした子ども時代、父親・母親や兄弟を含めた家族構成を調査しました。
真琴つばさの実家の化粧品店は北品川?
真琴つばささんの実家は、東京都品川区北品川で営まれてきた化粧品店です。
旧東海道沿いの商店街にある「吉川屋」という店で、テレビ東京の街歩き番組『モヤモヤさまぁ~ず2』が品川をロケした際、立ち寄った店が真琴つばささんの実家だと明らかになりました。
品川はもともと東海道の宿場町で、今も個人商店が軒を連ねる下町の空気が残るエリアです。
真琴つばささん自身も、ラジオ番組でお神輿の思い出を語りながら、下町育ちであることを楽しそうに話しています。
そして実家が化粧品店だったことは、宝塚との出会いにも意外な形でつながっていました。
真琴:うちお化粧品屋さんだったので、濃いお化粧には違和感なかったし。
引用元: TBSラジオ
小学5年生のとき、親友に誘われて東京宝塚劇場で観た『ベルサイユのばら』が、真琴つばささんの人生を決めた一本でした。
舞台映えする濃いステージメイクを違和感なく受け入れられたのは、化粧品に囲まれて育ったからかもしれない、と本人が語っています。
化粧品店の娘という育ちが、宝塚の世界にすんなり入っていく助けになっていたというのは面白い縁ですね。
真琴つばさの家族構成は両親と3人
真琴つばささんの家族構成は、父親・母親・本人の3人です。
兄弟姉妹はおらず一人っ子として育ち、実家の商売を継ぐ立場にありました。
| 続柄 | わかっていること |
| 父親 | 宝塚音楽学校の受験に反対していた。すでに他界 |
| 母親 | 一般の方で、名前や職業は公表されていません |
| 本人 | 一人っ子。実家の跡取りとして育った |
家族以外では、祖母についてのエピソードも語られています。
幼いころは祖母に連れられて銀座へ遊びに行っていたそうで、2025年に銀座のヤマハホールで40周年コンサートを開いた際、どこか懐かしい気持ちになったと振り返っていました。
商店街で商売を営む家に生まれ、祖母と銀座を歩いた記憶が残っている。
そんな東京の下町育ちらしい家族の風景が浮かんできますね。
真琴つばさの父親と母親はどんな人?
真琴つばささんの父親は、宝塚音楽学校の受験に強く反対していたようです。
一般の方のため職業や名前は公表されていませんが、実家が商売をしていたこと、そして真琴つばささんが跡取りだったことが反対の理由でした。
我が家は商売をしていて、私は跡取りだったので、宝塚音楽学校を受けることには親に反対されました。「うちから芸人を出すことはできない」って。
引用元: ヨミドクター(読売新聞)
受験を打ち明けたのは高校3年生の終わりごろで、親戚一同からも反対されたといいます。
宝塚音楽学校は中学卒業後に受験する人が多く、高校卒業のタイミングは最後のチャンスでした。
真琴つばささんは実践女子大学への内部進学が決まっていて、入学式にも出席したうえで、翌日の宝塚合格発表を受けて大学をわずか1日で去っています。
それでも合格して大阪へ旅立つ日、車で送ってくれた父親は「お前、夢を叶えたな」と声をかけてくれたそうです。
反対されていた娘の門出を、最後は認めて送り出したことになります。
なお父親についてはすでに他界しており、品川の実家で最期のお別れをしたことが雑誌のインタビュー企画で語られています。
母親についての詳しい情報は公表されていません。
ただ宝塚受験に反対していたのは「親」と語られていて、母親も当初は同じ思いだったようです。
猛反対から「夢を叶えたな」の一言まで、家族の距離が縮まっていく過程が伝わってくる話ですね。
真琴つばさに兄弟はいる?
真琴つばささんに兄弟はおらず、一人っ子です。
オフィシャルブログでファンからの質問に答えた際、宝塚に入ってよかったことを聞かれ、「血の繋がらない姉妹がたくさんできたこと」を挙げ、その理由として一人っ子であることを明かしています。
兄弟がいないぶん、実家の商売を継ぐ役割は真琴つばささんに向けられていました。
父親が「うちから芸人を出すことはできない」と言った背景には、一人娘に跡を託したいという思いがあったのでしょう。
宝塚では同期や仲間との強い結びつきが生まれ、退団から20年以上経った今も、71期生としての交流が続いています。
一人っ子として育った人が、劇団で大勢の「姉妹」を得たというのは印象的なエピソードですね。
真琴つばさのwikiプロフィールと経歴
真琴つばささんは1964年11月25日生まれ、東京都品川区出身の歌手・女優です。
宝塚歌劇団時代の愛称は「マミ」で、これは本名に由来しています。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 真琴 つばさ(まこと つばさ) |
| 本名 | 保川 真名美(ほかわ まなみ) |
| 生年月日 | 1964年11月25日 |
| 出身地 | 東京都品川区 |
| 身長 | 168cm |
| 血液型 | A型 |
| 出身校 | 実践女子学園中学校・高等学校 |
| 所属 | エフ・スピリット(マナセプロダクション系列) |
中学時代はバレーボール部に所属し、オリンピック選手になるのが夢だったといいます。
その夢が宝塚へと入れ替わったのが、小学5年生での『ベルサイユのばら』観劇でした。
宝塚での歩みは、下積みの長さと後半の飛躍が対照的です。
| 年 | 主な出来事 |
| 1983年 | 宝塚音楽学校に71期生として入学 |
| 1985年 | 宝塚歌劇団入団、花組配属。『愛あれば命は永遠に』で初舞台 |
| 1991年 | 『ヴェネチアの紋章』で新人公演初主演 |
| 1993年 | 月組へ組替え |
| 1997年 | 『EL DORADO』で月組トップスターに就任 |
| 2001年 | 『愛のソナタ/ESP!』で退団 |
花組時代はスター候補がひしめき、本人が「暗黒時代だった」と振り返るほど役に恵まれない時期が続きました。
月組に移ってからは『風と共に去りぬ』のスカーレットなど女役でも存在感を示し、トップスター就任後は宝塚随一のエンターテイナーと呼ばれる人気者になります。
退団公演のパレードには約1万人のファンが集まりました。
退団後は舞台・テレビ・ラジオと活動の場を広げ、2025年には芸能生活40周年を記念したソロコンサートを開催しています。
近年はジャズや落語といった新しい表現にも挑戦していて、歩みを止める気配はありませんね。
まとめ
今回は、真琴つばささんの実家である北品川の化粧品店と、父親・母親や兄弟を含めた家族構成を調査しました。
- 真琴つばささんの実家は、東京都品川区北品川の旧東海道沿いで営まれてきた化粧品店「吉川屋」です。
- 実家が化粧品店だったため濃いステージメイクにも違和感がなく、宝塚の舞台にすんなり引き込まれたと語っています。
- 家族構成は父親・母親・本人の3人で、兄弟はおらず一人っ子として育ちました。
- 父親は「うちから芸人を出すことはできない」と宝塚受験に反対しましたが、大阪へ旅立つ日には「お前、夢を叶えたな」と送り出してくれたそうです。
- 父親はすでに他界していて、母親については名前や職業などが公表されていません。
- 1964年11月25日生まれの東京都出身で、実践女子学園から宝塚音楽学校へ進み、1997年に月組トップスターに就任しました。
商店街の化粧品店から宝塚のトップスターへという歩みは、40周年を超えた今もまだ続いています。
これからどんな舞台を見せてくれるのか楽しみですね。
