カリフォルニア大学バークレー校の教授で、マルチバース論の解説でおなじみの理論物理学者・野村泰紀さん。
YouTubeやテレビでの宇宙の話が分かりやすいと人気で、その素顔や家庭のことが気になる人も増えていますよね。
今回は、野村泰紀さんのwikiプロフィールとあわせて、妻や子供を含む家族構成、両親と過ごした少年時代、柏陽高校から東京大学へ進んだ学歴と経歴まで調査しました。
野村泰紀のwikiプロフィール
野村泰紀さんは1974年1月21日生まれの物理学者で、専門は素粒子論と宇宙論です。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 野村 泰紀(のむら やすのり) |
| 生年月日 | 1974年1月21日 |
| 年齢 | 52歳(2026年8月時点) |
| 育った場所 | 茨城県(小学生時代)/神奈川県横浜市 |
| 学位 | 理学博士(東京大学、2000年) |
| 専門 | 素粒子論、宇宙論、量子重力 |
| 現職 | カリフォルニア大学バークレー校教授 |
肩書きは一つではなく、バークレー理論物理学センター所長も務めています。
さらにローレンス・バークレー国立研究所の上席研究員、理化学研究所の客員研究員、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構の連携研究員も兼ねています。
2025年からはZEN大学知能情報社会学部の客員教授にも就任しました。
余剰次元や統一理論といった素粒子物理学の理論から、量子重力理論、マルチバース宇宙論まで、扱うテーマはとても幅広いです。
一般向けの著書も多く、『なぜ宇宙は存在するのか』(講談社ブルーバックス)や『95%の宇宙』(SB新書)などを世に送り出してきました。
アメリカ暮らしは20代からで、本人いわく「アメリカに住んで26年目」というキャリアの持ち主です。
肩書きの多さを見るだけでも、日米をまたいで走り回っている様子が伝わってきますね。
野村泰紀は結婚してる?妻と子供は?
野村泰紀さんは結婚していて、妻と2人の子供がいます。
科学雑誌『パリティ』(丸善出版)の執筆者紹介では、家族構成がはっきりと記されています。
おもな研究分野は素粒子物理理論,初期宇宙論。家族は妻と子ども2人。
引用元: パリティ(丸善出版)
一方で、結婚した時期や妻の名前、職業、なれ初めについては公表されていません。
妻が日本人なのか、渡米後に出会った相手なのかも明らかにされていないようです。
子供についても、年齢や性別、通っている学校といった情報は非公表です。
長年アメリカで生活しているため、子育てもカリフォルニアが中心だとみられます。
Xではアメリカの大学の学費の高さに触れることもあり、子育て世代らしい一面がのぞきます。
ちなみに野村泰紀さんは、「理系男性はどんな女性と結婚すべきか」といったテーマの対談に登場したこともあります。
物理の話とはひと味違う語り口で、こちらも人気を集めているようですね。
野村泰紀の両親と家族構成
野村泰紀さんが育った家庭は、父親の転勤で茨城県へ引っ越した4人以上の家族でした。
父親は神奈川県で長く勤めていた人物で、横浜市の外れに家を買った直後に辞令が出たそうです。
僕は小学校の6年間、父親の仕事の関係で茨城県にいたんです。父はずっと神奈川県に勤めてて、横浜市の外れの方に家を買った瞬間、転勤の辞令が出て茨城県勤務になったそうです。
引用元: ニューズウィーク日本版
引っ越し先は市ではなく郡で、周りは一面の田んぼだったといいます。
小川でザリガニやヤゴを捕まえ、クワガタや玉虫を追いかける少年時代を送りました。
生きた玉虫を近所の人に見せたのに「作りもんでしょ」と信じてもらえず、悔しかったという思い出も語っています。
父親の具体的な職種や勤務先、母親の情報、きょうだいの有無については公表されていません。
両親が研究者や理系の専門職だったという話も出ていないようです。
つまり、学者一家の英才教育ではなく、ごく普通の家庭から世界的な物理学者が生まれたことになります。
自然に囲まれた幼少期が、後の「根源を知りたい」という探究心につながったのかもしれませんね。
野村泰紀の学歴は柏陽高校と東大
野村泰紀さんの学歴は、神奈川県立柏陽高等学校から東京大学へ進み、大学院まで進学したという流れです。
中学は横浜市の地元の公立校で、当時はかなり荒れていたと振り返っています。
「ズボンが太いほど偉い」という謎の序列があり、分をわきまえずに太いズボンで登校して流血して帰った日もあったそうです。
そんな中学時代にブルーバックスを2冊ほど読み、相対性理論の本に出会ったことが物理との最初の接点でした。
1992年に卒業した柏陽高校では、硬式テニス部がなかったため軟式テニス部に入部します。
水も飲めない朝練から日没までの猛練習で、「人生は根性だ」と叩き込まれた3年間でした。
それでも最後は横浜高校を破り、神奈川県ベスト4という成績を残しています。
意外なことに、受験生になったばかりの頃の物理の模試は100点満点で7点だったといいます。
転機は高校3年の夏で、物理の先生が2週間の特別講義を開いてくれたことでした。
二重スリット実験や相対性理論など受験に出ない話ばかりでしたが、教室は満員になるほどの人気だったそうです。
その面白さに引き込まれ、現役で東京大学理科一類に合格します。
大学ではテニスサークルに入って羽を伸ばしたものの、進学振り分けで理学部物理学科を選びました。
1996年に卒業し、大学院では素粒子論の柳田勉教授のもとで研究に打ち込みます。
そして2000年、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の博士課程を修了しました。
物理学科では初めてといわれる早期修了で、通常より1年早く博士号を取得しています。
模試7点からの逆転劇は、努力次第で道は開けると教えてくれる話ですよね。
野村泰紀の経歴と受賞歴
野村泰紀さんの経歴は、26歳での渡米から始まり、カリフォルニア大学バークレー校での昇進を重ねてきた道のりです。
| 年 | 主な経歴 |
| 2000年 | カリフォルニア大学バークレー校ミラー研究員 |
| 2002年 | フェルミ国立加速器研究所研究員 |
| 2003年 | カリフォルニア大学バークレー校助教授 |
| 2007年 | 同校准教授 |
| 2008年 | ローレンス・バークレー国立研究所上席研究員を併任 |
| 2012年 | 同校教授 |
| 2015年 | バークレー理論物理学センター長 |
博士課程在学中は日本学術振興会特別研究員を務め、修了と同時にバークレーへ渡りました。
一時はフェルミ国立加速器研究所に所属したものの、学生との議論がある大学のほうが自分に合うと考えて戻っています。
その後は他大学からのオファーを断り続け、バークレー一筋で研究を続けてきました。
受賞歴も、20代から30代にかけて集中して並んでいます。
| 年 | 受賞・選出 |
| 2004年 | アメリカ合衆国エネルギー省OJIアワード |
| 2005年 | ヘルマンフェロー |
| 2005年 | アルフレッド・スローン研究員 |
| 2012年 | サイモンズ理論物理学フェロー |
| 2017年 | アメリカ物理学会フェロー |
日本での知名度が一気に上がったのは、YouTube番組『ReHacQ−リハック−』への出演がきっかけでした。
本人は「頼まれたら基本的にNOとは言わない」と語っており、そこから出演依頼が続いていったようです。
現在の研究テーマは量子重力理論で、分野の大問題にコツコツ取り組んでいると話しています。
難しい話を楽しそうに語る姿に、これからも引き込まれる人が増えそうですね。
まとめ
今回は、野村泰紀さんのwikiプロフィールと、妻や子供を含む家族構成、両親と過ごした少年時代、学歴や経歴まで調査しました。
- 野村泰紀さんは1974年1月21日生まれの理論物理学者で、カリフォルニア大学バークレー校の教授兼バークレー理論物理学センター所長です。
- 家族は妻と子供2人で、結婚の時期や妻の名前、子供の年齢などは公表されていません。
- 父親は神奈川県に勤務していて、その転勤にともない小学校の6年間を茨城県で過ごしました。母親やきょうだいの情報は非公表です。
- 学歴は神奈川県立柏陽高等学校から東京大学理学部物理学科へ進み、2000年に大学院博士課程を早期修了しています。
- 経歴は2000年の渡米後、フェルミ国立加速器研究所を経てバークレーへ戻り、2012年に教授へ就任しました。
- アメリカ物理学会フェローなど受賞歴も多く、『なぜ宇宙は存在するのか』などの著書でも知られています。
量子重力理論という大きな謎に挑み続ける野村泰紀さんが、これからどんな言葉で宇宙を語ってくれるのか楽しみですね。
