骨髄バンクの啓発やドイツ国際平和村の支援を30年以上続け、一般社団法人Get in touchの理事長も務める俳優の東ちづるさん。
母との確執とそこからの和解を自身の著書やテレビで語ってきたことで、その家族についても関心が集まっていますよね。
今回は、東ちづるさんの家族構成とあわせて、母との確執や母の現在の職業と年齢、父親や妹、実家のある出身地まで調査しました。
東ちづるの家族構成
東ちづるさんが育った家族構成は、父・母・本人・2歳年下の妹の4人家族です。
まずは本人のプロフィールから見ていきます。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 東 ちづる(あずま ちづる) |
| 生年月日 | 1960年6月5日 |
| 出身地 | 広島県因島市(現・尾道市因島) |
| 身長 | 160cm |
| 血液型 | AB型 |
| 所属 | プロダクション パオ(ホリプロ系列) |
学歴は広島県立因島高等学校から関西外国語大学短期大学部へ進み、卒業後は電機メーカーに就職しています。
25歳で会社を辞め、芸能界での活動に本格的に軸足を移しました。
家族それぞれの情報は次の通りです。
| 家族 | 内容 |
| 父 | 造船関係の仕事。1997年に62歳で他界 |
| 母 | 英子(ヒデコ)さん。80代で一人暮らし |
| 妹 | 2歳年下。4人の子どもの母 |
| 夫 | 堀川恭資さん。2003年に結婚 |
妹さんは一般の方で、名前や職業は公表されていません。
ただ東ちづるさん自身が「妹には4人も子どもがいる」と語っていて、甥や姪の多い家族であることは明かしています。
幼い東さんは母に読み聞かせをしてもらった絵本を、小学校に上がるころには自分から妹に読んで聞かせていたそうです。
現在の暮らしは夫・堀川恭資さんとの2人で、子どもはいません。
結婚までの経緯は、東ちづるさんの旦那は誰なのか結婚歴をまとめた記事で詳しく紹介しています。
堀川さんは2010年に難病のジストニア痙性斜頸と診断され、東さんが介護をしながら仕事を続けてきたことも公表されています。
夫の職業や闘病の経過は、堀川恭資さんは何者なのか、wikiプロフィールの記事にまとめました。
にぎやかな親族に囲まれた家族の形が見えてきますね。
東ちづるの実家と出身地は?
東ちづるさんの出身地は広島県因島市(現・尾道市因島)で、瀬戸内海に浮かぶ島で高校卒業までを過ごしました。
かつては造船業で栄えた島で、外国人も多く行き交うにぎやかな土地だったといいます。
島の半分が造船、残りがミカン畑という環境を、東さん自身は「町があって自然もあって」と表現しています。
実家は島の中で何度も引っ越しをしていて、初めての一軒家には屋根裏部屋があったそうです。
そこは妹といとこの姉との秘密基地で、クモやヘビ、ムカデが出るのも当たり前だったと振り返っています。
家では事あるごとに家族そろって着物を着るのが習わしだったといい、母の影響で日本舞踊やそろばん、書道など習い事も数多く経験しました。
実家の詳しい所在地や現在の建物については公表されていません。
母は今も一人暮らしを続けていて、東さんとは離れて暮らしているようです。
短大進学とともに大阪で一人暮らしを始め、風呂なし4畳半のアパートから社会人生活が始まりました。
島育ちの少女時代が、今の活動の土台になっているのかもしれませんね。
東ちづるの父親の職業と病気
東ちづるさんの父親は、造船業が盛んだった因島で造船関係の仕事に携わっていた会社員でした。
東さんが生まれたときは25歳で、21歳だった母とともに共働きで家庭を支えていました。
一方で父はアルコール依存症を抱えていて、47歳のときに吐血し、食道の静脈瘤破裂によってその病気が判明しています。
当時の家族はそれを病気と認識できず、励ましたり諭したりを繰り返していたそうです。
気がつけば、父はアルコール依存症でした。
引用元: ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)
15年にわたる入退院を経て、父は1997年に62歳で亡くなりました。
東さんはその後アルコール依存症やAC、グリーフケアを学び、依存症に精神論で叱咤激励するような報じ方に疑問を投げかける発信を続けています。
写真には妹と2人で父に連れられ野原へ出かけた6歳ごろの姿も残っていて、大好きな父だったと語っています。
父を見送った経験が、依存症の啓発活動にもつながっているようです。
東ちづるの母親の年齢と職業は?
東ちづるさんの母・英子(ヒデコ)さんは、2025年に86歳、その後87歳になったことを東さん自身がSNSで伝えています。
21歳で東さんを産んだ計算とも一致します。
職業は、東さんの子ども時代は父と同じく働きに出る会社員でした。
現在は週に1度、着付け教室の先生を務めているそうです。
「子どもが子どもを産んだ」と周囲に言われた反発から、育児書や教育書を読み込んで良妻賢母を目指した人だといいます。
家族が起きる前に化粧を済ませて朝食と弁当を用意し、夜も入浴後に薄化粧をするほど身だしなみを崩さなかったそうです。
80代に入ってからの行動力も相当なもので、右足の手術から4日後には杖で歩き出したというエピソードが番組で紹介されました。
ピースボートで日本一周と台湾・釜山を巡る3週間の船旅にも一人で出かけていて、出航後すぐに友だちができたと娘に報告しています。
東さんのインスタグラムには着物姿で旅を楽しむ姿がたびたび登場し、「激似」と話題になることもしばしばです。
娘に負けないバイタリティですね。
東ちづるの母との確執と現在
東ちづるさんと母の間には、父が亡くなったあと3年間の確執がありました。
自分の生き方を子や孫にも押し付けようとする母に、東さんが反発した形です。
今でこそ「理想の母娘」な2人だが、父の亡き後3年間の確執があった。
引用元: テレ朝POST
そもそものきっかけは、高校時代までさかのぼります。
「一番がいいのよ」「優しい人になりなさい」という母の言葉に応え続け、テストはほぼ毎回100点の優等生でした。
しかし志望した国立の教育大学の受験に失敗したとき、母から「18年間の期待を裏切ったわねえ」と言われます。
この言葉が転機となり、高校3年間の記憶をほとんど失う解離の症状にもつながりました。
37歳のときに自分がアダルトチルドレンだと気づいた東さんは、40歳で母を誘い、公認心理師の長谷川博一氏のもとで2人一緒にカウンセリングを受けます。
期間はおよそ8か月に及びました。
母自身も世間の目を気にする祖母の価値観に縛られて生きてきたと分かり、東さんは母を一人の女性として捉え直せるようになったそうです。
カウンセリング後、母から「ごめんね」と謝られた瞬間は今も宝物だと語っています。
現在の母娘関係はこれまでにないほど良好で、母の日には母と夫との3ショットを公開するほどです。
互いの終末期医療についても話し合えているといいます。
見ない・聞かない・知らないを大事にすることで、かえって近づけた関係のようですね。
まとめ
今回は、東ちづるさんの家族構成と、母との確執や母の現在の職業と年齢、父親や妹、実家のある出身地まで調査しました。
- 東ちづるさんの家族構成は、父・母・本人・2歳年下の妹の4人家族です。現在は夫・堀川恭資さんと2人で暮らしています。
- 出身地は広島県因島市(現・尾道市因島)で、造船とミカン畑の島で高校卒業まで過ごしました。実家の詳しい場所は公表されていません。
- 父親は造船関係の仕事に就いていた会社員で、アルコール依存症を抱えたまま1997年に62歳で亡くなりました。
- 母・英子(ヒデコ)さんは80代後半で、週に1度着付け教室の先生を務めながら一人暮らしを続けています。
- 父の死後3年間続いた母との確執は、40歳のときに母娘で受けた約8か月のカウンセリングを経て解け、今は良好な関係になりました。
- 妹は一般の方で名前や職業は非公表ですが、4人の子どもの母だと東さん自身が明かしています。
母娘で歩んだ生き直しの経験を、これからどんな形で発信していくのか楽しみですね。
