有働由美子の実家は大阪府豊中市!父親の職業と兄弟・家族の現在

スポンサーリンク
有働由美子実家大阪 アナウンサー
スポンサーリンク

元NHKアナウンサーで、現在はフリーアナウンサー・ジャーナリストとして活躍する有働由美子さん

「有働Times」「有働由美子の健康案内人!」「うどうのらじお」など、テレビ・ラジオで精力的に活動されています。

ラジオでは実家や家族の話も遠慮なく披露してくれるので、気になっている方も多いのではないでしょうか。

今回は、そんな有働由美子さんの実家について、どこにあるのか、父親、母親、兄弟など家族構成について調査しました。

スポンサーリンク

有働由美子の実家は大阪のどこ?

有働由美子さんの実家がある場所は、大阪府豊中市とみられます。

豊中市は約40万人と大阪府内第4位の人口を擁し、住みやすく治安が良い都市です。

家族構成は両親と妹の4人家族です。

有働由美子さん自身は、番組などで実家を「関西の実家」「大阪の実家」と語っており、市区町村までは公表していません。

ただし出身中学校が豊中市立第十六中学校であることは公になっているため、少なくとも中学時代の自宅は豊中市内にあったことになります。

そして母親が亡くなった2011年以降も、父親と妹家族が住む「大阪の実家」に帰省し続けています。

おそらく、当時と同じ豊中市の家に今も家族が暮らしていると考えられます。

有働由美子の実家は鹿児島→兵庫→大阪の順に移り住んだ

有働由美子さんは、鹿児島県日置市伊集院町(旧・日置郡伊集院町)で生まれています。

鹿児島にいた期間は「4歳まで」と紹介されることが多いのですが、2026年7月のラジオでは有働由美子さん本人が「小学校1年生までは鹿児島にいました」と語っており、実際は6〜7歳ごろまで鹿児島だったようです。

そしてもう一つ、実家のルーツについて新しくわかったことがあります。

両親はともに熊本県出身で、父親の出身地は熊本県山鹿市であることを、有働由美子さん自身が明かしています。

八代市の隣で、八代にもよく遊びに行っていましたし、小学校1年生までは鹿児島にいましたので、鹿児島から山鹿まで(行っていた)

引用元:スポニチアネックス(2026年7月31日)

つまりルーツは熊本、生まれは鹿児島、育ちは兵庫と大阪という、九州と関西をまたぐ経歴なんですね。

鹿児島県を出たのち、兵庫県を経て大阪府に移住し、中学校は豊中市立第十六中学校、高校は全国でもトップクラスの偏差値である進学校の大阪府立北野高等学校に通っていました。

北野高校の所在地は大阪市ですが、電車で30分ほどの距離なので、豊中市から通うことができる距離です。

中学校では電車通学の可能性が低いと考えると、第十六中学校から通える範囲の距離に実家があるのだと推測できます。

なお中学・高校時代は剣道部に所属し、剣道2段の腕前。

大学は兵庫県西宮市の神戸女学院大学文学部に進み、大阪の実家から通っていたとみられます。

スポンサーリンク

有働由美子の父親の職業は?

有働由美子さんの父親について調べましたが、名前は公表されていないようです

父親は中学教師で、退職後は鉄鋼関係の下請け業者として起業するために、大阪へ移住したそうです。

門限が厳しく、大学生時代でも20時門限とされ彼氏ができなかったと、有働さんは語っていました。

父親が門限厳しかった。門限から遅れるとマジで激怒りしてて大学生になって20時門限って意味が分からなかった…

引用元:スポニチアネックス

夕食時に、母親は父親と一緒に食卓につくことを許されず、父親にビールを注ぐのは有働さんの役目でした。

また弁護士を目指した大学受験のとき、有働さんは父親に浪人を反対され、進みたい学部をあきらめました

厳格で亭主関白、ときには手をあげることもあったという父親に対し、有働さんは恐怖を感じていたようです。

しかし母親が亡くなった直後、有働さんは毎週のように実家に帰省して父親の話し相手になっていました

ほぼ毎週のように、週末は実家に帰っているそうですよ。金曜日はいつもキャスター付きのバッグで出勤してきて、仕事を終えるとタクシーで、そのまま羽田空港に直行です。飛行機のほうが新幹線よりも早いからって

引用元:女性セブン

忙しい合間を縫って実家に帰省するなんて、とても父親思いですね。

父親は2026年現在も健在

気になるのは父親の現在ですが、2026年9月時点も健在で、大阪の実家で元気に暮らしています。

2025年1月のラジオ『うどうのらじお』では、83歳の父親と関西の実家で正月を過ごしたことを報告。

父親は2026年現在、84〜85歳ということになります。

興味深いのは、大人になった今でも父娘のやりとりが変わっていないところ。

除夜の鐘で煩悩を払ったはずの元日、「目玉焼き」がきっかけで父とバトルになったと明かし、「83歳の父親と55歳の中年の娘、それぞれマイペースに生きているもんですから、いたわり合わないとバトルが始まる」と笑いを交えて語っていました。

さらに2026年2月の放送では、実家から父親の着ない服を拝借してきたというエピソードも披露。

かつて「怖い」と語っていた父親と、今はこんな軽口を叩ける関係になっているようです。

2018年にNHKを退局した当時、記者の取材に応じた父親は娘についてこう語っていました。

私の言いたいのは好きなことをやんなさい、ということ。もう50歳になるんですから

引用元:SmartFLASH

かつて浪人も門限も許さなかった父親が「好きなことをやりなさい」と言うまでになった——長い年月をかけて、父娘の関係が変わっていったことが伝わってきます。

スポンサーリンク

有働由美子の母親はどんな人?

有働由美子さんの母親比佐子さんといい専業主婦でした。

比佐子さんは、乳がんを患い、その後糖尿病も併発。

2011年に67歳という若さでこの世を去りました

有働さんは、最愛の母親の臨終に立ち会えなかったそうです。

臨終間際の母に無言の別れを告げた有働アナは東京に戻り、母が亡くなった数時間後の『あさイチ』(NHK)にも出演。何事もなかったかのように司会を務めた。

引用元:女性セブン

乳がんに倒れた母親を東京の病院に転院させ、2か月間『あさイチ』を終えると看病に駆けつける生活を続けたものの、余命半年の宣告を受けて大阪に帰した3週間後の別れだったといいます。

しかし有働さんは、比佐子さんのことを愛していながらも生き方を否定していました。

母は、ひたすら忍耐の人。なぜ離婚しないのかと思うぐらい。我慢強くて、昔の女性ですよね。何もかものみ込んで、家族の幸せが一番の幸せ、という感じで。ずっと母のような生き方はしたくないな、と思ってましたね

引用元:SmartFLASH(「女性自身」2010年3月30日・4月6日合併号より)

比佐子さんは、家族の幸せを考え、亭主関白の父親の行動にもじっと耐え続けていたそうです。

そんな母親の姿を間近で見てきて、有働さんは同じような生き方はしたくないと感じました。

結婚のチャンスは何度もあったそうですが、母の姿を思い出すとタイミングを逃してきた——それが「結婚しない選択」につながっていったといわれています。

一方NHK大阪放送局から東京に転勤した時のことを、有働さんはこう振り返っています。

引っ越しの荷物を受け入れる時間もなくて、母が引っ越しの受け入れ荷物のために4日ほどいて、生活を整えてくれていた

引用元:スポニチアネックス

どんな時も支えてくれた母親に対し、感謝の気持ちが根底にあったようです。

前述で亡くなった直後に何事もなかったかのように司会を務めたとありますが、比佐子さんの葬儀でも司会を務めました。

それまで何度も葬儀の司会を経験したことがあったそうですが、最愛の母とのお別れでは、こみあげてくる悲しみを抑えきれず号泣してしまったそうです。

スポンサーリンク

有働由美子の兄弟は妹で父親と同居

有働由美子さんの兄弟がいますが、名前や職業などは公表されていないようです。

妹は結婚していて、男の子をもうけているそうです。

妹夫婦は父親のいる実家で同居していることもわかっています。

ご実家には妹さん夫婦が一緒に住んでいるんですが、普段はお父さんのこと、家のこと、任せっぱなしだから、”せめて週末くらいはね”って

引用元:女性セブン

つまり大阪の実家は、父親+妹夫婦という体制。

有働さんが東京で仕事を続けられるのは、実家を守る妹さんの存在が大きいということですね。

有働さんはお見合い回数について「50回以上経験している」というエピソードをある番組で披露したことがありました。

それに対して妹は「80回は行ってるよ」と突っ込みをいれたのだそうです。

大阪育ちだからか、ノリが良く、鋭い突っ込みの持ち主のようですね。

スポンサーリンク

有働由美子の実家の思い出エピソード

有働由美子さんの実家の思い出エピソードを2つご紹介します。

父親が怖くてトイレが言えなかった?

前述のとおり、有働さんの父親は厳しく、怒られて声をあげて泣くたびに「うるさい!」と怒鳴られていました

父親はドライブ好きで、週末は家族でドライブに出かけることが多かったそうです。

しかしその時、有働さんは父親が怖くて「トイレに行きたい」という本音を言い出すことができませんでした

妹とトイレに行きたくなった有働さんは、大きな声で歌うことで消音しながら、車の後部座席でビニール袋を下に敷いて用を足していたんだそうです。

父親の機嫌が悪くなること恐れた彼女は、後部座席で妹と2人で、父親が歌いながらハンドルを握っている隙に、「ビニール袋を下に敷いて、こっちも大きい声で歌いながら座席でして、音をごまかした」と回顧

引用元:RBB TODAY

気づかれたときに余計に怒られてしまうのでは?と感じますが、父親のことをどれだけ怖がっていたのか、伺い知れるエピソードですね。

母親は強い霊感の持ち主?

ラジオ番組の心霊や怪談話のトークで、有働さんは家族旅行のとき母親が遭遇した恐怖のできごとについて語りました。

夜中に、高層ビルだから窓なんか開くはずがないのに窓がぱっと開いて、すごい吹き込んで、カーテンが揺らいでた。(母が)起きなきゃと思ったら、ベッドの下から赤ちゃんの手でばっと手首をつかまれた

引用元:スポニチアネックス

母親は霊感が強く、たびたび心霊現象に遭遇していたようですが「ああ、そうですか」といった感じで終始冷静な対応だったそうです。

現在の実家との距離感ですが、有働さんのラジオで実家や父親の話が出ることがあります。

また親友の羽田美智子さんとのポッドキャストでは「突然始まる親の介護」について自身の体験を語る場面もありました。

80代の父親を持つ立場として、リアルな悩みを共有しているようです。

スポンサーリンク

まとめ

有働由美子さんの実家について調査したところ、以下のことがわかりました。

  • 実家の場所は、大阪府豊中市とみられる(出身中学は豊中市立第十六中学校)
  • 鹿児島県伊集院町生まれ。兵庫県を経て大阪府へ。両親は熊本県出身で、父は山鹿市出身
  • 父親は、亭主関白で元中学教師。2026年現在も84〜85歳で健在
  • 母親の有働比佐子さんは、2011年に67歳で他界している
  • 妹は、結婚していて男の子がおり、妹夫婦が実家で父親と同居

飾らないキャラクターで常に明るい有働由美子さんですが、幼少期の父親の厳しさや最愛の母の死など、たくさんの困難を乗り越えてきたんですね。

有働由美子さんが今後も活躍し、家族と仲良く過ごせるよう応援したいです。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
アナウンサー芸能・エンタメ
タイトルとURLをコピーしました