早見優さんは、1982年にアイドル歌手としてデビューし、女優やタレントとしても幅広く活躍しています。
2026年現在59歳を迎えてもなおスタイル抜群で、毎年恒例の「夏色のナンシー祭り」を開催するなど精力的に活動中です。
今回は、そんな早見優さんの実家について、以下の気になることを調査しました。
- 早見優さんの実家はどこ?
- 早見優さんの実家の両親は離婚してる?日本帰国までの経緯は?
- 父親・母親はどんな人?
- 兄弟はいる?
- 実家のエピソード
最後までご覧ください。
早見優の実家はどこ?
早見優さんの実家がある場所は、静岡県熱海市です。
熱海市は静岡県の東端、伊豆半島の付け根に位置し、相模湾に面した人口約3.4万人の温泉都市です。
歴史と湯量を誇る熱海温泉は源泉かけ流しの宿も多く、全国各地から年間300万人以上の観光客が訪れます。新鮮な海の幸やレトロ喫茶、話題のスイーツも充実しており、近年は若い世代の旅行先としても人気が復活しています。
早見優さん本人も「ハワイ生まれですよね」とよく言われるそうですが、Wendy-Netのインタビューで「実は熱海生まれなのです」とはっきり語っています。
家族構成は両親と早見優さんの3人家族で、一人っ子だった可能性が高いです。
早見優さんは3歳で両親が離婚した後、祖母・母とグアムへ移住し、その後ハワイへ。
14歳で日本に帰国するまで海外で過ごしました。
早見優の実家の両親は離婚、日本帰国までの経緯
早見優さんの両親は、早見優さんが3歳の時に離婚しました。
2024年11月放送の「徹子の部屋」(テレビ朝日)では、早見優さん本人が「ずっとケンカするならお互い離れて、生活したほうがいいんじゃないかなって子供ながらに思ったのを覚えています」と当時の心境を振り返っています。
また早見優さんの母方の祖母は、在日アメリカ大使秘書として働いていた国際派の女性でした。
祖母は日本人ですが、ドイツ生まれのイギリス育ち。仕事の関係で、ヨーロッパに渡った家庭に生まれました。その後、イギリスで、当時明治大学の教授だった祖父と出会って日本に帰国し、在日アメリカ大使の秘書として仕事をしていたようです。
引用元:Wendy-Net
祖母は1912年(大正元年)生まれで、当時の写真を見ると「本当にかっこいいモダンガール」だったと早見優さんは語っています。
早見優さんは、両親の離婚後、祖母と母親の3人でグアムに引っ越しました。
祖母が、グアムに新しくオープンしたホテルの宴会場マネジャーとして呼ばれ、それを機に、グアムに引っ越すことになったのです。
引用元:Wendy-Net
つまり祖母の転勤がきっかけで海外生活が始まったわけですね。
祖母が父親代わりの存在だったようです。
その後、7歳の時にハワイへ引っ越し14歳まで暮らしましたが、ハワイ三越のエレベーターでスカウトされデビューが決まり、単身日本に帰国して叔母(母親の妹)の家で暮らしました。
早見優さんは3歳から14歳までグアムやハワイで暮らしていたため英語が堪能で、ハワイ生まれやハーフという噂がありました。
実際には純日本人で、国際的な家庭環境が英語力の源だったのです。

家庭環境はとても裕福なようですが、かなり波瀾万丈な生い立ちだったのは意外ですね。
早見優の実家の父親はジャズシンガー
早見優さんの父親は、井上良(いのうえ りょう)さんといいます。

父・井上良さんはジャズシンガーで、米軍のクラブなどで歌っていました。
しかし、2009年3月24日に胆のうがんのため72歳で他界されています(1937年生まれ)。
早見優さんが生まれた頃は、静岡県沼津市で中華レストランを経営しており、ジャズは歌っていなかったそうです。
また、早見優さんが日本でのデビューが決まり帰国した時も、父は東京のレストランで働いていてジャズは歌っていませんでした。
母親から「お父さんに連絡した方がいいんじゃない?せっかくいるんだから」と背中を押され、再会。
早見優さんの勧めでまたジャズを歌うようになり、親子でのジョイントライブも実現しました。
さらに父親の「孫と一緒に舞台に立ちたい」という夢も実現。
2008年12月には父・早見優さん・娘たちの3世代ライブが行われました。
娘たちの音楽はもちろん趣味ですが、「孫と一緒に舞台に立ちたい」というのが父の夢でしたから、それを最後に叶えることができて、ほんとうにうれしかったですね。
引用元:Wendy-Net
父親は亡くなる前年に夢を叶え、親子3世代のステージはとても幸せな時間だったことでしょう。
早見優の実家の母親は元パリコレモデル
早見優さんの母親は、元モデルで、日本人で初めてパリコレのランウェイを歩いたといわれています。
2024年の「徹子の部屋」では「吉村真理さんの後輩としてモデルで、日本人のモデルとして初めてパリのランウェイを歩いたみたいです」と、テレビで初めて詳しく明かしました。
しかし、母親は1992年に他界されています。
早見優さんが25歳の時でした。
早見優さんの母親は、グアムに住んでから英語を学ぶために大学に入り直し、ツアー会社を起業してツアーコンダクターの仕事をしていました。
グアムに移ってから英語を勉強するために大学に入り直し、私が7歳の時にツアー会社を起業。その時にハワイへ引っ越して、私が14歳の時まで暮らしました。
引用元:Wendy-Net
離婚後に大学で勉強し直し、海外で会社を起業した行動力は本当にすごいですね。
早見優さんが13歳の頃に、祖母と母親と一緒にハワイで写った写真がこちらです。

またXに早見優さんの母親は、舘野暁美さんだという投稿がありました。
早見優の父がジャズシンガー井上良である事は知られていて。
母親が元モデルというのも有名だけど「そちらは誰なのか?」と調べてみたら、舘野暁美という人だった。
で、暁美さんの父がこれまた有名人で、駐仏大使やジャーナリストを務めた古垣鉄郎氏。
ユニークな家柄なのね、優ちゃんって。 pic.twitter.com/j53cCyIn2r— すみこま (@sumikomaa) August 21, 2024
こちらがXに載っていた舘野暁美さんの写真です。

もし母親が舘野暁美さんだとすると、母方の祖父は駐フランス大使やジャーナリストを務めた古垣鉄郎氏ということになり、かなりの名家の出身ということになります。
ただし、早見優さん本人が母親の名前を公表したことはないため、あくまで推測の域を出ません。
早見優さんの母親がパリコレモデルで美人なので、早見優さんもスタイルが良く美人なのかもしれませんね。
▽早見優さんの自宅は中目黒?素敵な豪邸を調べました。
早見優の実家に兄弟はいない
早見優さんの兄弟について調べましたが、情報が見つかりませんでした。
Wendy-Netのインタビューでも「祖母・母・私の3世代で」と語っており、兄弟の存在には一切触れていません。
また「徹子の部屋」の出演時にも兄弟に関する話題は出ていませんでした。
以上のことから、早見優さんは一人っ子である可能性が極めて高いです。
早見優の実家の思い出エピソード
早見優さんの実家のエピソードをご紹介します。
料理上手な母親
早見優さんの母親は、とても料理が上手でした。
祖母も料理上手でしたが、母親はハワイでも日本食を食卓に取り入れていました。
日本人なのだから、ちゃんとした和食を食べないと」と白いご飯がいつも食卓に上がり、秋になると「日本で秋に食べる魚よ」とサンマが出てきた
引用元:日本経済新聞
ハワイにいながらサンマを食卓に出すお母さん、素晴らしいですね。
早見優さんは、祖母や母親が作ってくれた料理が恋しくて料理に目覚め、今では料理が趣味になっています。
早見優さんのInstagramやブログでも、手料理の写真がたびたび登場しています。
小さい頃に食べていた家庭の味は、どこに住んでいても忘れないものですね。
母から受け継いだ「働く女性」の姿勢
早見優さんはインタビューで「幼いころから祖母や母をはじめ、働く女性の背中を見て育ってきたので、女性が仕事を持つということをごく当たり前のことだと思っています」と語っています。
祖母はホテルの宴会場マネジャー、母はツアー会社の経営者。
この環境が、デビューから40年以上第一線で活躍し続ける早見優さんの原動力になっているのでしょう。
まとめ
早見優さんの実家について調査したところ、以下のことがわかりました。
- 早見優さんの実家の場所は、静岡県熱海市
- 両親は3歳の時に離婚し、祖母・母の3人で海外生活
- 父親の井上良さんは、ジャズシンガー(2009年没・享年72)
- 母親は、日本人初のパリコレモデル(1992年没)
- 兄弟はおらず一人っ子の可能性が高い
- 海外で日本食を作ってくれた母の影響で料理好きに
早見優さんは、幼少期は祖母や母親に、歌手になってからは父親にと、いつも優しい家族に支えられてきたのだと思います。
これからも優しい笑顔の早見優さんを応援しています。

